007.龍虎


「も~!学校終わる時間に合わせて迎えに来たのに全っ然出てきてくれないんだもん! もうちょっとで校内に突撃するとこだったよ~!!」


 ――――ヤバい。


「でも会えてよかった! 色々な人達にチラチラ見られたけど慣れてるし、無事会えたしねっ!」


 ――――――ヤバい。


 これまでにかつてないほどの警鐘が脳内にて響いている。


 目の前には昨日まで一切考えもしなかった人物が目の前に立っており、これまで掛けていたサングラスを外したそのクリクリっとした瞳を上目遣いする形で帽子の影からのぞかせている。

 その人物は今朝方から世間を騒がせまくっている少女、水瀬 若葉。突然アイドル業を休止すると発表した彼女だ。


 水瀬さんの話は朝の家だけに留まらず、今日一日学校のあちこちから聞こえていた。

 ファンの多い彼女。こんな片田舎でもネットやテレビの発達した今となってはそこかしこにファンがいてもおかしくないだろう。

 それを証明するかのように、クラス内はもちろん廊下を歩いているだけでも件の話題を耳にしてきた。


 そんな人物が今、学校という人の目の多い場所で堂々と立っている。

 朝と同じく帽子を深く被っている等のお陰で騒ぎになっていないのは幸いだと言っていいだろう。

 しかし学校という閉鎖的な空間に現れた見知らぬ人物。こうして向き合っている間にも帰りがけの生徒の視線が向けられてくるのを感じる。


 これはヤバい。

 いくら放課から時間経って人が少なくなったとはいえ、未だに昇降口から出てくる生徒たちがチラホラといる。

 しかも俺の眼の前でサングラスを外し顔を上げているものだから横からチラリと除いた生徒から「あの人ってもしかして……!?」やら「まっさかぁ」などという話声が聞こえてくる。

 まだ確信に至ってはいないようだが時間の問題だろう。バレてしまったらパニックになって名取さんと一緒に帰るどころじゃなくなってしまう。

 そうなる前に、早くこの場をなんとか収めなければ………!


「なんでここに…………ってかサングラス!!」

「え~。これ見にくくって苦手なんだけどぉ……。 陽紀さんが言うなら仕方ないなぁ」


 そんなヤレヤレ……って感じでこれみよがしに付け直さなくても。


 とりあえず目元は再び隠せたお陰でバレる確率は減った……。

 まったく学校まで突撃してきて……何のようだ。そもそもなんで知っている。


「それで陽紀さん!私は怒ってます! こんな時間まで私を待たせるなんて何してたんですか!?」

「いや、待たせるも何も約束すらしてなかったし……。それに委員会活動だけど」


 彼女の第一声は怒りの一言だった。

 明らかに口調は怒っているものの、その実態は腰に手を当て頬を膨らませているだけ。

 あえていうならプリプリと怒っている。そんな表現が正しいだろうか。

 正直全く怖くない。しかもなんで敬語?


「委員会!?何やってるの!?」

「えっ……。図書委員だけど……」

「図書委員かぁ。いいなぁ。 私は中学のころから仕事してたからそういうの全然できなかったんだよねぇ。いいなぁ……青春だなぁ……」


 委員会というものに食いついてきた彼女だったが、何かを思い出すように、何かを羨むように目を遠くしだす。

 そんなに委員会が良いものなのだろうか。俺にとっては面倒くささ極まりないもの。名取さんがいなければ仕事放棄すら視野に入るレベルなんだけど。


 …………って、そうだ!名取さん!!


「あのぅ……芦刈君、そちらの方って……?」

「あ、あぁ!うん! この子は……えっと…………」


 突然現れた水瀬さんとの対話で一時思考の外に追いやっていたものの、恐る恐る投げ変けられる声により名取さんへと意識を向ける。


 そうだよね!そりゃ突然現れちゃ気になるよね!!

 ……でも、なんて紹介すればいいの?

 水瀬 若葉本人ですなんて言っても、あり得ないと一蹴されるかパニックになるかでどちらにせよ碌なことにならないだろう。

 でもだからといって女友達なんて言うのも憚られる。そんな事言ったら名取さんとの距離が離れていく気がする。


 なんで水瀬さんもこんなタイミングで…………!!



「――――はじめまして。 私、若葉と言います。今日からこっちに越してきた陽紀さんの親戚です!」


 俺が言い淀みながら言葉を探している隙に、代わって挨拶をしたのは水瀬さん本人だった。

 そんな……若葉って……。大丈夫か!?サングラスと帽子があるとはいえ正面に立って気づかれない!?…………って、親戚!?


「……若葉さんですね。よろしくお願いします。私は名取 麻由加です。 芦刈君、こんな可愛らしい親戚の方がいるなんて初耳ですよ」

「い、いやぁ……そうだっけ? 俺も今朝初めて会ったからさぁ……あはは……」


 せ……セーフか!?セーフだよな!?これ!!


 一瞬少し不思議そうな顔を浮かべた名取さんだったが、すぐに元の笑みに戻ってこちらに話を振ってくる。

 まさかと思ったかもしれないが、一応気づいてはいないようだ。俺も慌てて話を合わせると、水瀬さんは「もしかして――」と何かに気づいたように言葉を発してくる。


「陽紀さん」

「な、なに?」

「陽紀さんは……名取さんと、その……もしかして付き合ってたりするとか?」

「なっ――――!?」


 ――――絶句。

 まさか相棒からそんな言葉が出ようとは。

 そしてまさか、この短時間で水瀬さんに俺の一方通行の想いを知られてしまったのかと心臓が一層高鳴り言葉を失ってしまう。


「そ……それはないから! 俺に彼女がいないことは前話したでしょ!! ………ねぇ!名取さん」

「はい。 私と芦刈君は同じ図書委員として仲はいいですが、そのような関係性ではございませんよ」


 あぁ……自ら話を振ったこととはいえ名取さん自身に否定されると心に雨が降る。

 しかも驚く俺と対象的に至って冷静だし。全く動じてないところが更に雨を加速させてくよ……。


「……ふぅん。そうなんだ。 ねね、陽紀さん!せっかく迎えに来たんだから一緒に帰ろ!」

「えぇ!?」


 ポンと軽い気持ちでなかなかの爆弾を放り投げてきた水瀬さんだったが、すぐ興味を無くしたように次の爆弾を投下してきた。

 そんな、一緒に帰るって……それだと名取さんは!?


「で、でも――――」

「芦刈君、私のことはお気になさらないでください。お話は学校でいくらでも聞くことができますし、今は若葉さんと交友を深めることが先決ですよ」

「いいの!?ありがとう名取さん!」

「いえいえ。 それでは芦刈君、また明日……は土曜日ですね。また月曜日に」


 お礼を言う水瀬さんに会釈で応えた名取さんは、そのまま一人で校門をくぐり抜け、道の向こうへ消え去ってしまった。


 あぁ……まさか放課後デートが白紙になってしまうなんて……。

 呼び止める間もなく去っていった彼女に呆然とする俺だったが、代わりに現れた水瀬さんの元気な声で意識を取り戻す。


「陽紀さん!さ、いこっ!」

「あぁ……」

「む~! 元気ないなぁ」


 腰に手を当て少しだけ怒った様子を見せる水瀬さん。

 すまない……でも仕方ないんだ。一緒に帰れると思ったのが失敗したんだから。あとほんの少しだけそっとしておいてくれ。


「むぅ~…………・じゃあ、セリア! 遊びに行くぜ!おすすめの場所案内してくれよ!」

「……! その言葉は―――」


 不意に切り替わったその言葉は、まさしくアスルのものであった。

 戦闘時には特に口調が荒くなるアスル。ボイチェンさえ使えば男そのものの彼女の口調に、俺は沈みかけていた気持ちを引っ張り上げる。


 その言葉はゲームでこの一年よく聞いてきた口調。言葉遣い。雰囲気。

 まさしく彼女がアスルと証明する言葉じゃないか。

 毎日遊んできた相棒。ボイチャを通して仲を深め、強大なボスをも一緒に倒せるようになった相棒。


「しょうがないな」


 俺は伏せかけていた顔を上げるように呟き、自然と口角が上がる。


 なんだ。ちょっとデートしそこなったくらい、大したことないじゃないか。

 これまで何度名取さんを誘おうとして失敗したと思っている。それにボス戦で全滅した回数に比べりゃ比較にすらならない。

 過ぎ去ったことは仕方ない。名取さんも『また』って言ってくれたし、また次頑張ればいい。


「さぁ、行こうセリア!」

「わかったわかった。 あくまで俺の好きなところだから、つまんなくっても文句言うなよ?」

「さぁ?それはセリア次第だな~」

「おい!そこは『当然!』って言う所だろ!?」

「知らないな~」


 長いこと連れ添って来たような相棒との応酬の最後にシラを切ったアスルは一足先に道を駆けていく。

 そして俺も追いかけるように、駆け出していく。


 俺はこの時初めて彼女を大切な相棒、アスルだと認識したのであった。




 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




「あの子、どこかで見たような気が…………」


 少女は一人、帰り慣れた道を歩いて呟く。

 思い出すのはついさっきのこと。同じ委員会で仲の良い彼と親戚だという、彼女のこと。

 可愛さ満点の声に一瞬だけ見えた翠の瞳。その姿は何かを思い出せるような気もするが、そんなことは一切ない。相反する気持ちが同時に湧き上がっていた。


 彼女はテレビでやるような芸能事――――特にアイドルなどには全く詳しくない。

 稀に通りかかった時にテレビでチラ見したり教室でクラスメイトが話題に出す時に知るときもあるが、彼女自身興味が無いことも相まってサブカル方面の知識は殆どなかった。

 知っていることと言えば毎週同じ委員会で会う人物が教えてくれることだけ。それもとあるゲームのことばかり。


 ゲームの話自体はおもしろい。引き込まれる。だがやったことはない。

 だからこそ、毎週色々教えてくれる話題をいつも楽しみにしていた。


 そんな人物が今日、知らない女性を連れていた。

 不思議な雰囲気を醸し出す女性。年上なのか年下なのかすらわからない人物。

 けれど堂々としていた。それこそ少女に質問をさせないくらいまで。


 何者なのか気になる……が、人の家庭のことを無理に聞くこともできない。

 そこで先程の会話を思い出すも、目立ったことは言っていなかった。



 今頃2人は何しているだろう。一緒に帰れるかと思って思い切って誘ったけれど失敗して、心にもの寂しさを感じてしまうも、すぐに顔を上げていく。


「話を聞けなかったのは残念でした。でも、来週の楽しみが増えましたね。…………そうだ」


 前向きな彼女はこれまで彼から聞いてきたことを思い出し、とある事を思いつくと、つい笑みが溢れてしまった。


 (そうだ。もし私が――――をすれば、彼はきっと喜んでくれるでしょうか)


 ふと思いつくのは小さなサプライズの心。

 そうと決まればとばかりに彼女はバッグからスマホを取り出す。


『――――あ、もしもし那由多? ちょっと教えてほしいことがあるのですけれど……』


 まず電話するのはとある人物のもと。本題の情報を仕入れた彼女はそのまま方向転換し、小走りで街まで向かっていくのだった。

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