銀髪の青年(4)

 日の入り前、オレンジ色の光が、森の木々の間かられている。

 トーコは、オズワルドの斜め後ろを歩いていた。



 二人が歩いている途中、トーコは悶々もんもんとしている気持ちが限界に達した時、少し早口で話し始めた。


「オズワルドさん、あのっ……。立ち入ったお話なんですが、って――」


 トーコは小さく深呼吸をして、言葉を続ける。


「小さい頃、私も飲んでいた時期があって……。何度も嫌なことを思い出して、ずっと鬱々うつうつしたり、不眠が続いたりするのって、ものすごく辛いことであるのは、よく知っています。

 何か……、悩んでいらっしゃることが、あるんですか……?」


 トーコの問いを聞いた後、オズワルドは前を向いたまま、立ち止まった。


「あっ! ……気分を悪くしたなら、本当にごめんなさいっ!」



 小さく溜息をついた後、オズワルドはゆっくりと話し始めた。


「……『ニレ村』って、知ってるか?」


「はい、もちろんです。私が生まれる前に、キンキラ銀山に関する紛争ふんそうで、村ごと巻き込まれて、ものすごい人数の方々が亡くなったと、父から聞きました」


「俺の故郷だったんだ、その村。

 母親の親戚しんせきんとこに遊びに行っていたからか、なぜか、生き延びちまったけど、な……」


 オズワルドの重々しい告白を聞いて、トーコの両目はうるんでいた。

 そして、その時に初めて、が自分にはあるのだと、彼女は気が付いたのだ。


「わっ、私……、いつかオズワルドさんの『特別』な存在になれたらいいなって、ずっと思っていたんですっ!」


 涙を流しながら、トーコはオズワルドに近寄り、背中をじっと見つめた。


「……オズワルドさんのことが、大好きなんですっ!

 さ……支えるなんて、立派なことは難しいかも、しれないけど……。だけど、せめて……、何か力になれることがあったら、遠慮なく、私にやらせてくださいっ!」


 少しだけふるえた声で、トーコはオズワルドに、ありったけの想いを伝えた。


「こんな……弱くて、みっともねー奴でも、いーのか……?」


「誰だって、弱いところはありますっ。

 それに、『みっともない』なんて、言わないでくださいっ! オズワルドさんはすごく格好良くて、とても素敵な方ですっ!」


 しばらくは前を見たままだったオズワルドだったが、小さくフゥ……と溜息をついた後、後ろに居るトーコの方に体ごと振り返った。


「……なら、婚約者にでも、なってみる、か……?」


 つたない言葉で、自分の気持ちを伝えたオズワルドは、照れ臭そうに、優しく微笑んだ。


「えっ……!? ほ、本当に……、いいんですか……?」


「二言はねーよ」


 オズワルドはトーコに近寄ると、右手をゆっくり差し出した。


「手……、つなぐか?」


「えっ……あ、はい……」


 突然の出来事にトーコは驚いたが、恥ずかしそうに、何とかオズワルドの手を握った。




 徐々に日が落ちていき、森の中の山道に注がれる陽の光も、少しずつ弱まってきた。

 トーコとオズワルドの背中に向かって、時々やわらかなオレンジ色の光が照らしている。


 トーコの家の前に着くと、オズワルドは手を離した後、トーコの頭をポンポンと二回やさしくたたいた。


「今からは、敬語は使わなくていーから、な?」


「あ……、はい。……じゃなくて、うんっ!」


 トーコの返事を聞き終えると、オズワルドは「またな」と言って、詰所へ歩き始めた。


(てかっ! こ……『婚約者』って、一体、何をすれば、いーのかなぁ……?)


 しばらく玄関の前で突っ立ったまま、トーコは頭の中の整理をしていたのだった。

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