第四章 「狂気の末路」

1

 玄関を潜ると、そのままリビングになっていた。右手側にキッチンが見える。奥の扉の向こうは寝室だろうか。

 内装はピンクの壁紙が貼られ、蛍光灯がぶら下がっている。壁際には本棚が一つ、花瓶の置かれた棚が一つと、テーブルセットがある。そのテーブルの上にはティーカップが二つ、並んでいた。


「もう一人、誰がいるのかしらね」


 それを目にした足立里沙あだちりさは入ってきて後ろ手にドアを閉めた女の子に対し、そう問いかける。


「ワタシの大切な人がいるの。紹介して欲しい?」

「ええ、是非」


 良樹を挟んで、二人ともが笑みを浮かべている。里沙の考えがいまいち分からないが、ここは彼女に任せようと黙っておいた。

 女の子は奥のドアを開けると、


「こっちよ」


 良樹たちに中に入るよう促す。


「ありがとう」


 そう答え、先に里沙が歩き出したが、良樹はその前に割って入り、彼女よりも早く、奥の部屋の中を覗き見た。


 ――!


 心臓がおかしな動きをした、と感じた。

 良樹は呼吸が苦しくなり、手足がそれ以上進むのを激しく拒絶した。


「黒井君?」

「……見るな」

「え?」

「足立さん、早くここから出て!」

「ちょっと、どうしたのよ……え」


 足立里沙も良樹の背中越しに、ベッドの上に置かれているものに気づいたのだろう。

 人は自分の想像を超えるものを目にした時に、脳が処理をし切れずにまるでそこにないものまでも補完して本人に見せてしまうものなのかも知れない。

 ベッドの上には安斉誠一郎あんざいせいいちろうが座っていた。いつものように足を組み、腕を組んでこちらを見て、ちょっと格好を付けたように微笑みを浮かべている。

 彼は十年前と変わらない容姿で、良樹に対して右手を挙げ、


「よう、黒井」


 と言った。

 そんな幻覚を見せられたが、


「黒井君?」


 足立里沙に名を呼ばれ、現実へと引き戻された。

 ベッドの上には確かに安斉誠一郎がいた。だが座ってはいない。当然、立ってもいない。彼の体は頭部と胸部しか存在していなかった。顔には生気がなく、目は虚ろで、唇はわずかに開いている。

 生きているとは思えなかった。


「安斉に、何をした?」


 良樹は振り返り、女の子を見た。

 彼女は微笑を浮かべたまま、こう言ったのだ。


「大切なものだから、どこにも行かないようにしただけよ」

「だから何をしたと言ってるんだ!」


 その子の無邪気さに苛立ちが募り、良樹は思わず進み出て、その胸倉を掴んだ。

 けれどその瞬間、良樹の腕は少女のか細い腕で強く握られ、軽い音を立てて妙な方向へと折れ曲がった。


「うがァァァ!」

「黒井君!」


 熱い鉄の棒で貫かれたような痛みが右手を襲う。良樹はその場に屈み込み、荒い息で何度も叫ぶ。


「失礼な人ね。あなたはコレクションに必要ないわ」


 女の子はそう言うと、口笛を吹いた。

 刹那、外で大きな地響きが聞こえ、続いて美雪たちの悲鳴が上がった。

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