3

「今、聞こえましたよね?」

「ああ。どうする? 行くか」


 良樹と桐生はそれぞれ足立里沙を見たが、彼女も不安そうな表情を見せつつ小さく頷いた。

 それを合図に良樹は先頭になり、階段を駆け下りていく。


「大丈夫か!?」


 階段の最後の数段を飛ばして飛び降り、部屋に辿り着いた良樹はそこで驚くべきものを目にして、思考が一瞬真っ白になった。


「い、生駒君が!」


 床に出現した鉄の扉が持ち上がり、そこから巨大な黒い腕が伸びてその手に友作を掴んでいた。彼は既に気を失い、だらりと両手を垂れ下げたまま、その何かの腕に掴まれている。加奈はその腕に対してどこにあったのか、モップを突きつけていたが、当然そんなもので何とかなるはずもなく、立ち竦んだ美雪や良樹たちが見ているその前で、友作の体は腕に掴まれたまま、その鉄の扉の奥へと吸い込まれていった。

 ガツン、と重い音を立てて鉄の扉が床をふさぐ。

 遅れて悲鳴を上げたのは、加奈だった。続いて美雪が「嫌あああぁぁぁ!」と絶叫を放った。


「黒井君!」


 良樹はどうすべきか分からずその場に立ち尽くしていたが、足立里沙の声で我に返ると、彼女に続いて美雪の手を掴み、一旦部屋を出た。


「ありゃ何だったんだ」


 桐生が振り返りながら目を何度も瞬かせているが、良樹の方もまだ頭の整理がついていない。目の前で起こった現実なのに、一切現実感がないのだ。それでも確実に言えるのは、友作の命が危険にさらされているということだ。

 上の部屋まで戻った五人は、それぞれに憔悴しょうすいした表情でその場にへたり込むように座ったり、壁にもたれかかったりする。息は荒く、誰も口を開こうとはしない。

 もしあの鉄の扉が美雪が見たというものと同じなら、あの下に安斉誠一郎あんざいせいいちろうもいるかも知れない。その可能性に気づいて、良樹は今一度、階段を覗き込む。それは暗く、地獄へと続いているように見えてくる。


「……生駒君」


 顔を真っ青にしたまま加奈が呟いた。その言葉を皮切りに、彼女は震えながらこう叫んだ。


「何なのよ! あんなのどうしようもないじゃない! 何かのアトラクション? それとも全員でおかしな夢でも見てるの? ねえ、一体何なのよ、ここは!」

「加奈」

「足立さん、何か知ってるなら教えてよ! 友作どうなったのよ! ひょっとして安斉君もあれに引きずり込まれたの? 次は誰? ここにいて大丈夫なの、あたしたち? 嫌! もう、ここには一秒だっていたくない!」

「加奈!」


 里沙が呼び止めるのも聞かず、彼女は両耳を塞いで部屋を出て行ってしまう。


「部屋を出たところで外には出られん。頭が冷えたら帰ってくるだろう。それより」


 小さく吐息を零した桐生はそう言って良樹たちを見る。

 どうすべきかは分かっていた。ただその決断を自分に求められると、本当にそうすべきなのか、良樹には決断できない。


「安斉君も、あそこに……」

「そうかも知れない。けど、もう十年も前の話だ」

「十年。彼は待ってたかも知れない。私たち、迎えに行くべきだよ」

「深川さん……」

「ごめん。黒井君」


 彼女はそう言って目を細めて微笑を作ると、階段を駆け下りて行ってしまう。


「深川さん!」

「黒井、どうする?」

「桐生さん。けど」

「私は彼女を追う」


 足立里沙はそれだけ言い残し、階段に入っていった。


「とりあえず、仕方ないな」


 桐生も行ってしまう。

 一人残された良樹は目を閉じる度に瞼の裏で再生される先程の光景に今までに感じたことのない恐怖を味わい、胃袋から突き上げるものを感じて、部屋の隅で吐いた。

 それでも行くべきだろう。

 決意をすると、階段に足を向ける。

 と、その時にふと視線を部屋の棚へと向けた。その脇にあったはずの冷蔵庫が見えない。

 その違和感を覚えたまま、良樹は階段を下りて行った。

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