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「仕方ないから、今日、私が何故ここに参加したか。話すわ」


 そう前置きをしてから、足立里沙は全員の顔を一度見て、こう切り出した。


「実は私は、安斉誠一郎とは幼馴染なのよ」


 誰もが思ってもみない言葉だっただろう。それは衝撃の告白だった。


「もともと安斉君の父親と、うちの親は仕事仲間で、それこそ学生時代からの腐れ縁だと言っていたわ。それにもう一人、西雲寺信親という、これは苗字からも分かると思うけど、元理事長の息子の三人でよく一緒につるんでいたそうよ。だから私も小さい頃の安斉君とは、親しいとまでは言わないけれど、知らない仲じゃなかった」


 良樹は一瞬だけ美雪の表情を確認する。彼女はややうつむき、何か考え込んでいるようだった。


「安斉君にはね、初恋の人がいた。それが西雲寺英李さいうんじえりという、元理事長の孫娘に当たる女性で、けれど、彼女は小学生の時に事故で亡くなってしまったわ」

「じゃあ、その子と?」


 美雪が足立里沙を見る。


「それは分からない。ただ、安斉君が本当にあの世の人間と話せる黒電話がある、という確信があったなら、あるいは彼女と話そうとしたのかも知れないわ。そもそもラショールはそういう曰く付きの建築家なのよ」

「事故や自殺、事件などで人が亡くなった、というものではない、というのか?」


 質問は桐生だった。


「そうよ。どうしても人が死ぬ話の方が話題性が強く、噂でもそちら側ばかりが強調されて取り上げられることが多いのだけれど、ジャミル・アジズ・ラショールは本来、生死に関する彼独自の信仰を芸術や建築に取り入れ、あることを目指していたのよ。それがね――人間の復活」

「復活って、何よ。キリストかよ」

「ちゃかすな、友作」

「だってよ」

「いや。復活というのは、そういう意味だろう? 足立君」


 言い合いになりそうな友作と加奈の間に入り、桐生が言った。


「文字通り。死者をこの世に呼び戻す、あるいは、消えてしまった人間を再生する、ということよ」


 古今東西、死者を蘇らせるという秘法について書かれたり、口伝で残されたりしているものは多い。よく言われる不老長寿もただ長生きさせるというよりは永遠の生命を得るという意味で、死者を蘇らせる内容が含まれていたりするし、人類はずっと自分がいつか死んでしまうことに対して向き合ってきた、という歴史がある。

 まさかラショールもそういう考えを持っていたとは思わなかった。


「じゃあ安斉君がこの黒猫館で本当に見つけたかったものって……」


 美雪は小さく呟き、その考えに思い至ったのだろう。そこで手を口にやり、良樹を見た。


「黒電話じゃなくて、亡くなったその西雲寺さんを蘇らせる秘法だったということか」

「たぶん」


 足立里沙は頷き、それから美雪に改めてこう促した。


「それで深川さん。あの日、人を呼びに一旦部屋を出たあなたが戻ってきた時に、一体何を見たというの?」


 美雪はただ頷き、それから口を開こうとする。けれど言葉が見つからないのか、思い出すのが辛いのか、嫌嫌をするように首を横に振ると、ガタガタと大きく体を震わせ始めた。


「美雪!」


 加奈がすぐに彼女を抱き締める。


「もういいじゃないの。ここには十年前に美雪が見た鉄の扉だかなんだかもなかったんだし、人が蘇るとか、あの世と繋がる電話だとか、そんなオカルトはもうごめんよ。ね、美雪。帰ろう?」

「いいの、加奈。私はね、あの日言えなかった自分を、ここに迎えに来たんだから。もし今またここで黙ったまま帰ったら、私はずっと黒猫館に囚われたまま生きることになる」

「美雪……」

「だから言います。あの日、彼の声を聞いた私は急いで部屋に戻りました。その部屋で、彼は鉄の扉に、食われていたんです」

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