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 六人の都合がついたのは八月の第一週の日曜日だった。その日は昼前からそれぞれ集まり、バーベキューと花火の準備や買い出しを行った。肝心の誠一郎は用事があるからと夜からの参加となったが、彼が合流した七時過ぎには既に友作は顔を赤くするほどに出来上がっていた。普段はビールを飲まない良樹もひと缶だけ開け、紙コップに注いだものをちびちびと口に入れながら火の番をしている。

 気心の知れた仲間同士で適当に喋りながら美味しいものを食べ、アルコールで楽しい雰囲気になる。あまり大勢の集まりは好きじゃないが、このメンツでの賑わいは心から楽しいと思えるものだった。


「ねえ、黒井君」


 ぶつ切りにしたトウモロコシを焼いていると、隣に美雪がやってきて、しゃがみ込む。この日の彼女はつばのある白い帽子を被り、大きなリボンを胸元と腰にあしらったワンピースを着ていた。浴衣ではなかったことに幾らか落胆したものの、久しぶりに楽しそうに笑う彼女が見られたことはこの夏の良い思い出の一つと言っていいだろう。


「黒井君はあの黒電話の話、全然信じていないと思うけど、もしわたしが過去にそれに似た体験をしたことがあるって言ったら、信じてくれる?」

「それは亡くなった人と会話をしたことがある、という話?」


 幽霊と話したとか、イタコに出会ったことがあるとか、そういう類のものが良樹の頭には浮かんでいた。


「うーん、私も何て言ったらいいか分からないんだけど、私ね、小さい頃、というか、お腹の中にいた頃に、お姉ちゃんがいたんだって。でも生まれる前に消えちゃったの。そのお姉ちゃんとね、時々話してたんだ。小学校に上がる前くらいまでかな。ちょうど電話が掛かってくる時みたいに頭の上で鐘が鳴るの。ほら、お店のテーブルに置いてあるあんな感じのが。そしたらね、お姉ちゃんの声が聞こえてきて。話すことは本当に他愛ないことばかりなんだけれど、その中で一つだけはっきり覚えているものがあってね。私、当時、好きな男の子がいたの。男の子というか、幼稚園の先生だったのだけれど、その先生のことをね、お姉ちゃんも好きで。じゃあ、どっちに告白してくれるか勝負しようって話になって……でも結局、告白した翌日に、私は親に病院に連れて行かれちゃった」


 それはバニシングツインと呼ばれるものだとか、イマジナリーフレンドの一種だとか、そういう言葉を使って説明しようかと良樹は思ったのだけれど、話を聞いているうちにそういうことではなく、ただ、誰かにその話を聞いてもらいたかったのだなと思えて、良樹は黙ったまま「うん」と何度か相槌を返した。


「黒電話の話が本当でも嘘でも、たぶんね、開けちゃいけない種類の扉っていうのがあると思うの。私、安斉君の考えや行動って、いつも凄いなあって思って、でも付いていくので精一杯だなとも思えて。けどね、今回の黒猫館でのことに関しては、ちょっと賛成しかねるんだ」

「そう、なんだ」


 何も言わなかったし、反対の素振りも見えなかったから、この告白は意外だった。


「おいおい。何だよ良樹。深川さんのこと狙ってんのか? このぉ」

「違うよ、友作。ほら、トウモロコシ焼けたよ」


 口が寂しくなったのか、片手に軽くなったビールの缶を持ちながら友作がやってくる。その口にこんがりと表面の焼けたトウモロコシを突っ込んでやると「あちっ!」と吹き出し、落としそうになったのを手を掴んではまた「熱っ!」とやって、友作はみんなから笑われていた。


 それから三十分ほど歓談し、持ってきた食材も大半を消化したところで、誠一郎が立ち上がった。


「おい友作。そろそろ酔い、醒ましとけよ」

「酔ってないって。これから大事なイベント待ってるし」


 わざわざ浴衣を着てきた加奈は「やっぱりやるんだよね?」と、まだ肝試しに及び腰だ。

 火の後始末をしていた良樹の隣にやってきた足立里沙はモデルのようなスタイルで、白の上着に鮮やかなブルーのパンツルックというシンプルな服装だったが、それが洒落ているように見えた。露出している両腕にスキンガードをスプレーしながら、良樹にも使うかどうか尋ねる。


「あ、ありがとう」


 礼を言い、首周りや腕に一吹きした。

 足立里沙のことはサークルの集まりで見る以外、学内でもほとんど顔を合わさない。誰か友人と歩いているところも見かけないし、良樹からすると謎多き人物の一人だ。ただ美雪や加奈とはそれなりに話すらしく、携帯電話やメールでやり取りをしていると、話では聞いていた。


「じゃあ、みんな準備したな?」


 誠一郎は良樹たちが荷物を部室に入れたのを確認すると、手にした懐中電灯でまるで点呼をするようにそれぞれの顔を一度照らす。それから満足そうに頷くと、


「では、いざ黒猫館へ参ろうぞ」


 先頭に立って、歩き始めた。

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