図書館の恋は連綿と

ことはたびひと

出会い

 青年は大学図書館の、何もかもをも包み込んでしまうような、あの静けさを好んだ。

 ここだけが世俗から切り離されているかのような、図書館のゆったりとした空気に触れていると、目まぐるしい日常生活でささくれだった青年の心が、じんわりとほぐれていくように感じるからだ。

 だから授業のない夏休みでも、頻繁に大学図書館へと青年は足を運んだ。

 図書館の奥の方にはふかふかなクッション聞いたひじ掛けのイスがひとつあり、そのイスの手前には全身を写すのに余りあるほどの鏡が設置してある。

 青年はひとつしかないイスにゆったりと座り本を読みながら、ちらりとその鏡で自身の姿を確認することをひそかな楽しみにしていた。

 夏休みのある日、いつも通り図書館を訪れた青年は、お気に入りの肘掛椅子に腰かけ、のんびりと図書館で見つけた本を読んでいた。

 夏休みということもあってか図書館の中は人がまばらで、いつもにまして静やかな空気に満ちている。

 青年が肘掛椅子で本を読んでいると、鏡の中を何者かが横切ったような気がして、青年はふと顔を上げた。

 きょろきょろと周りを確認するが、青年の周りには誰もいない。

 ただ息をひそめるような静けさが青年を包み込むばかりである。

 ふたたび手元の本へと視線を戻そうとしたとき、青年は鏡の中に同年代の女性がたたずんでいることに気づいた。

 鏡の中の彼女は艶のある長い黒髪に白いワンピースといった装いで、まるで音のない世界に咲いた白い百合の花のようだった。

 彼女の愁いを帯びた瞳は、そこではないどこか遠くを見ているようで、昔読んだ物語の内容を思い返しているようにも見えた。

 鏡の中の彼女は空虚で薄命で、それでいて悲しいほどに孤独だった。

 青年は彼女から目が離せなかった。

 彼女を見つけたその瞬間が、1年にも10年にも感じる。

 まるで時が止まってしまったかのように。

 青年の視線に気がついた彼女は、彼にむかって柔らかくほほ笑んだあと、鏡の奥に消えていってしまった。

 彼女の消え入りそうな笑顔には、苦しみを耐えるような諦念の情があるように青年には思えた。

 なぜ彼女がそんなにも悲しそうな顔をするのか、青年にはわからない。

 また明日彼女と会えますようにと祈りながら席をたつことしか、青年にはできなかった。

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