第2話 Trick or Answer

「ねぇ、太陽くんは、さ。大学受かったら・・・・」

「ん?」

「遠くへ、行っちゃうの」

「どうかな」


 太陽の家に遊びに来ると、月菜はいつも太陽の部屋に入り浸る。

 無邪気に太陽のベッドの上に寝転んで、夢中で漫画を読むだけならば、貸してやるから持って帰れと太陽が言っても、持って帰ってまた持ってくるのが面倒だからヤダの一点張り。


(いちいちうちに来る方が面倒だと思うんだけどなぁ?)


 ズリ落ちてきたメガネを元の位置に直しながら、太陽は言った。


「月菜は宿題とか、無いの?」

「もうやってきた」


 漫画を読みながら、月菜が答える。


「ねぇ、太陽くん。今日は、なんの日でしょう?」

「えっ?」


 月菜に聞かれて見たカレンダー。

 今日の日付は。


「あぁ・・・・ハロウィン、か」

「正解です!」


 パタリと読んでいた漫画を閉じると、月菜はベッドから飛び起き、太陽の座る勉強机の隣に立つ。


「太陽くん。トリック・オア・トリート?」

「お腹すいたの?もう、しょうがないなぁ」

「美味しいやつ、プリーズ!」

「はいはい」


 椅子から立ち上がると、思いの外体が固まっている気がして、太陽はその場で大きく伸びをする。

 そして、お菓子と飲み物を調達するために、キッチンへと向かった。


 気づけば月菜は、いつの間にか『太陽にぃ』とは呼んでくれなくなっていた。少しだけ寂しさも感じたけれども、変わらずに暇さえあれば纏わりついてくる月菜が、太陽は今でも可愛くて仕方がない。


(ハロウィンなら、僕のとこなんかに来ないで、友達とどこかに遊びに行けばいいのに。今年は小学校最後のハロウィンなんだから)


 そんなことを思いながらも、太陽の頬は知らぬ間に緩んでしまう。


(あっ、これなら月菜喜びそう。なんだっけこれ?貰い物だっけ?まぁいいや)


 月菜が好きそうなマドレーヌとフィナンシェの詰め合わせを見つけた太陽は、2リットル入りのペットボトルの緑茶とコップを2つトレイに乗せると、月菜を呼ぶ。


「月菜、これ持ってって!」


 すぐに走ってきた月菜が、目を輝かせてマドレーヌとフィナンシェの詰め合わせを手に取ると、そのまま太陽の部屋へと戻って行った。


「やっぱりまだまだ子供だな」


 小さく笑うと、太陽もトレイを持って、部屋へと戻った。



「ねぇ、太陽くん」

「ん?なに?」


 休憩を挟んで再び机に向かう太陽に、思う存分マドレーヌとフィナンシェを堪能した月菜がベッドに寝転びながら尋ねる。


「覚えてる?月菜との約束」

「・・・・約束?」


 振り返り、太陽は月菜の方へ顔を向けたが、月菜は天井を見上げたまま。


「『もう絶対に、おいていかないよ』って」

「・・・・あ~・・・・」


 月菜の言葉に思い出したのは、何年も前のハロウィンの出来事。

 帰りが遅くなり、心配した両家の両親に事情を説明しようとした太陽を押しのけ、まだ小学2年の小さな月菜は言ったのだ。

『お化けがいっぱいいて怖くて、太陽にぃの手を離して逃げちゃって、月菜、迷子になっちゃったの。太陽にぃが、月菜のこと一生懸命探して、見つけてくれたんだよ』

 それは、太陽が親たちから怒られないようにと一生懸命考えたであろう、月菜の優しい嘘。

『ありがと、太陽にぃ。大好き!』

 言葉と共に向けられた月菜の無邪気な笑顔は、今でも太陽の胸に染み込んでいる。


「何年前の約束だよ?月菜はもう、おいていったって、ひとりでも帰ってこられる・・・・」

「そーゆーんじゃないもんっ」


 ゆっくりとベッドから起き上がり、月菜は真っ直ぐな目を太陽へと向けた。


「ねぇ、覚えてるよね?」

「だから」

「トリック・オア・アンサー?」


 真剣な月菜の眼差しは、ついさっきまで見せていた子供のような無垢な瞳ではなく、仄かな色気すら感じさせる。

 思わずドキリとした太陽は、そんな自分の反応に愕然としながらも、月菜から目を逸らすことができずに、やっとのことで小さく頷いた。


「覚えてるよ、もちろん」

「守ってよね、ちゃんと」


 そう言うと、月菜は立ち上がり、部屋のドアに手をかける。


「おいてかないで、月菜のき・・・・」

「・・・・えっ?」

「なんでもない。じゃ、またねっ」


 振り返ってニッと笑うと、月菜はそのまま帰っていった。


「なんだよ、言いかけてやめないで欲しいんだけどな。気になるじゃないか」


 月菜が出ていったドアに向かって呟いた太陽は。


「別に、そんなに遠くの大学受験する予定、無いんだけど・・・・て言うか、ついでにキッチンにこれ持ってってくれたら良かったのにっ!」


 はぁ、とため息をひとつ吐くと、月菜が食べ散らかしたお菓子の空き袋を集め、空になった2つのコップと残り半分ほどになった緑茶のペットボトルをトレイの上に乗せて、キッチンへと向かったのだった。

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