第28話 束の間の休日



 クランベリー姉弟が帰った後須藤とナタリーはリビングでティータイムとして寛いでいた。勿論お菓子は須藤が作ったクッキーだ。


 ティータイムに入る前に他の使用人達にもクッキーを配った。その時に「神様」と呼ばれ崇められた時は泣いた。

 執事長のチャンにもクッキーを食べさせてあげたかったが今は他の使用人達の指導を行なっているとのことで見つからない。


 ちなみにナタリーはメイド長であり須藤のお世話係をレインから頼まれている為、今の状況が仕事の一環だ。他の使用人(主に須藤とお近付きになりたいと想っているメイド達)からは恨まれているが。



「スカー君が作るお菓子はとても美味しいね。他にもの代表的なお菓子はあるのかな?」


 三時の休憩にてティータイムをしているとナタリーからそんな質問をされる。


 ナタリーの口調が柔らかいのは須藤といる時だけ素を出している。そして他はクランベリー姉弟が来ていた時の様にクールに振る舞っている、らしい。


「そうですね〜ケーキとか、でしょうか?」

「ケーキかぁ〜それはこっちにもあるよ。まぁこちらのは下手な焼き菓子に申し訳程度にクリームが少し付いているような物なんだけどねぇ〜」


 須藤の口から「ケーキ」と聞いたナタリーはため息を吐く。


 その話を聞いて須藤も思い当たる節はあった。「異世界にあるケーキは『貴族』がお祝いの時に食べる焼き菓子」だと、ラノベに書いてあった。


「ヘェ〜もしかしてその「ケーキ」は『貴族』達がお祝いの時とかに食べる物ですか?」

「え、うん。そうだけど……スカー君は知っていたの?」

「あ、はい。知識として知っているだけに過ぎないですが」


 ラノベの知識が当たっていたことに少し腑に落ちないと思いながら相槌を打つ。


「そうなんだ。でもこっちのケーキはおすすめ出来ないかなぁ。私も食べたことはあるけど、お値段が高いだけで食べれた物じゃなかったよ。生地もパサパサしていて周りに付くクリームは甘ったるいだけ、ハァ」


 こちらのケーキを思い出してしまったのかナタリーは口元を押さえる。


 そこまで「アレ」なのか。なんか逆に気になる。俺も食べて見たいな。高いなら今は無理だけど。でもケーキなら作れば――あ。


 何かを閃いた。


「ナタリーさん、俺ならケーキを作れますよ。こっちのじゃなくての」

「ほ、本当!? 是非!!」


 過去の記憶を思い出し気分を害していたナタリーだが須藤の話を聞いた瞬間、一瞬で復活する。そして満面の笑みを向ける。


「え、ええ。ただ今から直ぐには無理なのでまた今度になりそうです」

「うん、わかっているよ。それにケーキはレイン様達が帰ってきた後の方がいいかもね。マリー奥様もローズお嬢様も、ダニエル兄さんも甘い物好きだから」

「ヘェ〜そうなんですね。わかりました。どんなケーキ作るか考えときますね」


 須藤はそれだけ言うと手元にある紅茶で喉を潤す。


 安請け合いをしてしまったが、須藤もしっかりとケーキ作りの知識はあるから大丈夫だ。万が一――ケーキ本体かケーキ作りの本を【メルカー】で取り寄せればいい話。


 ――ここで「なんで『フリマアプリ』でケーキが売ってるんだよ」とかは言わないで欲しい。まず買った物がこちらに届くシステムもこちらが払った『魔力お金』が何処に行くのかも謎なのだから。だからこちらで手に入れた魔石や素材を未だに【メルカー】で売れないでいた。


 【メルカー】の原理はわからないが突然魔石が現れ、お金だけが消えるなんて誰が見てもホラーだろう。まあ所詮は「フリマアプリ」なので買い手が居ないと買ってもらえないのだけど。どうやって相手は買うのか?とか思ってしまい安易に手が出せないでいた。


 ケーキを作る過程で考えてしまうのが「チョコケーキ」を作るか否かだ。「ネフェルタ」に「生クリーム」や「チーズ」等があっても「チョコ」は無かった。【メルカー】で調べたから確かだ。


 その原種が存在し、作り方がわかるなら世に出してもいい。だが実際作り方もわからない。それに今まで無かった物が世に渡れば。話題にはなるがそれと共に「これは誰が作ったのだ?」という疑問が上がる。そして特定をされる恐れがある。商品として扱っている調味料や香辛料については「企業秘密」で押し通せば問題ない。

 それもこの世界には自分と同じ「転移者」がいるので下手な真似は出来ない。それも「「日本」の食べ物や物が何故ある?」と疑われる可能性が大だ。神から貰ったピアスで変装しているのに無駄になってしまう。


 やろうと思えば「俺ツェー」もとい「地球スゲー」が出来るが……そんなことをやる奴は後先考えない馬鹿か目立ちたい馬鹿だ。俺は無理だわ。


 そんなことを色々と考えている時、外が少し騒がしいことに気付いた。それはナタリーも同じだった。須藤はそこでなんだろうと思い【空間把握サーチ】を通し外を見る。


 玄関前に人が三人いる。何を話しているのか、誰なのかわからないが……。


「スカー君見に行く? 今の時間だとチャンさんが帰ってきていると思うからチャンさんが対応していると思うけど」

「あぁ、チャンさんが対応してるんですね。そうですね、一旦自分達も見に行きますか」

「うん――わかりました」


 須藤の話を聞いたナタリーは口調を外行きに変える。


 リビングを後にした二人は玄関に行く。そこにいた人物達は――


「ミレーネさんと、ナオ君……?」


 チャンがいるのはナタリーから聞いていたのでわかっていた。だがミレーネとナオが何故いるのかわからない。それに――何故この場にマナがいないのか。


「良かった。スカーお坊っちゃんが来てくださって。こちらのミレーネさんがスカーお坊っちゃんに話があると言っておりまして――」


 チャンが須藤の顔を見て安堵する。その時ミレーネが須藤に近付いてくる。ただその顔は真っ青で足腰も何処か覚束ない。


 そんなミレーネを抱きしめる形で体を支える。


「ど、どうしましたミレーネさん? それにマナちゃんは――」


 須藤の口から「マナ」と聞いたミレーネは体を震わす。そして須藤の顔をその覇気のない顔で見る。


「す、スカー君。マナが、マナが――ッ!!」

「お、落ち着いてください。マナちゃんがどうしたんですか?」


 宥める須藤。それでも譫言の様に「マナが、マナが」と呟くミレーネ。ナオは俯いているだけで表情が伺えない。


 一体何があったのか、何が起きているのかわからない。今は二人が落ち着くのを待つ。


 


 それは何も誰も感じていなかった。いや、知りもしなかった。公爵、冒険者の大半が不在の中、自分達に死の足音が着々と近付いていることを。

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