第6話 【紫電】

 蹴りを放ったフィンの体を引き寄せれば、丘の上に立っているのは俺だけ。

 暗殺者五人は、それぞれ地面に転がり、時折、ううっ……とうめき声を上げていた。


「フィン、俺はまだこいつらに用がある」

「これで終わりではありませんの?」

「ああ。こういうヤツらは痛みに慣れてるからな。もっと骨の髄から痺れさせて、体に刻みつけないと忘れるんだよ。……少し離れてろ」

「っはい」


 フィンに言葉を告げてから、抱き上げていた体を下ろす。

 フィンは俺の言葉を聞き、しっかりと返事をすると後方へと走って行った。

 そうして、フィンが十分に離れたところで、俺は転がった暗殺者を見下ろした。


「おい、お前ら。寝るにはまだ早いんじゃないか?」


 くくっと笑いながら声をかけ、空間を切る。

 そして、手元にあるものを呼び寄せた。


「五年ほど使ってないから、力加減を間違えても許せよ」


 思い描けば即座に手に収まるそれ。


 ――手に馴染んだ柄。

 銀色に輝く刃は五年前と変わらず、鋭い。


 しっかりと手に握り、空間から引き抜けば、体がずくっと熱くなった。

 そして、その瞬間、バチバチと音を立てながら、稲妻が走る。


「え……その大剣は……この紫の雷は……」


 背後からフィンの驚いたような声。

 だから、安心させるように言葉をかけた。


「俺は剣を持つと魔力を帯びてしまう。この稲妻は俺の魔力だ」

「……輝く大剣を持ち、紫の雷を纏う人物……っ! もしかして、あなたは……!」


 フィンが息を飲むと、その声に共鳴するように、稲妻がまたバチバチと周囲に広がる。

 その光景に、まだ意識があったらしい暗殺者の一人が、大きく戦慄いた。


「嘘だ……っ! こんなところに……っ!! どうして【紫電しでん】がこんなところに……っ!!」


 【紫電しでん】。

 ああ。久しぶりに聞いたな。


「懐かしいが、その名はあまり気に入ってない」


 暗殺者の叫びにぎろりと目線を飛ばす。

 すると、そいつは俺に蹴られた顔を庇いながらも必死に体を動かそうとした。

 きっと俺から少しでも距離を取りたいのだろう。

 まあ、未だにそいつの体は別の暗殺者の下敷きになっているから、ただもがいているだけにしか見えないが。


「聞いてないっ! 【色持いろもち】が相手だなんて聞いてないっ! そんな仕事なら受けなかった! 許してくれ。悪かった、許してくれぇぇえ!」

「まあ、そう言うな。久しぶりのお客様だ。もてなさせてくれ」


 ひぃひぃと悲鳴を上げる暗殺者。

 そいつに肩をすくめて見せると、握った大剣を天へと掲げた。


「まずは意識を戻さないとな」


 俺の言葉を合図に紫の稲妻が空を駆ける。

 そして、気を失っているものもまとめて、五人全員にそれは突き刺さった。


「ぎゃぁっ!」

「ひぎぃっ」

「グアァアアッ」

「ギィッギキッ」


 それぞれが声を上げながら、体をびくびくと痙攣させる。


「あぐ……ぅあ……うぐ」


 そして、フィンに蹴りを入れられ、気を失っていたリーダー格もその刺激に意識を取り戻したようだ。

 気を失った後、痛みなどの刺激により、無理やり意識を戻されるのは、さぞ生を実感できるだろう。


「よう。どうだ。生きてるって感じるか?」

「……【色持】。どうしてこんなところにいる。お前らは世界に散り、魔王の配下から逃げているのではないのか……」


 地面に這いつくばったまま。

 それでも、リーダー格は俺を目だけで見上げながら、なぜだ、と疑問を唱えた。

 すると、背後からも同じような問いかけ。


「……わたくしも【色持】のことは知っていますわ。世界には強い魔力を持つ者たちがいて、それを【色持】と呼ぶのだ、と。その者たちはその強い魔力が相反し、ともにいることができない。ゆえに共闘することができず、魔王は一人ずつ殺して回っているのだ、と……。わたくしは魔王から守るために各国が保護していると聞いておりました」


 【色持いろもち】。

 それは強い魔力を持つ者の名。

 魔王に狙われ続ている者の名。


「【色持】のヤツらは保護されるようなタマじゃない。自分のやりたいことをやっているだけだ」


 強い魔力。

 それがあれば魔王を倒せるように思えるが、魔力というのは魔王も使う力なのだ。

 魔力では魔王は倒せず、逆に魔王に倒されれば、魔王の力を増やしてしまう。

 だから【色持】は力を察知されると知ってからは、力を常時使うことはしなくなった。

 逃げているわけでも、保護されてるわけでもない。

 適当に力を使いながら、適当に手を抜いているのだ。


 ……俺以外は。


 最初に魔王退治の話が来たのは当然ながら【色持】だった。

 だが、くそみたいなヤツらしかおらず、共闘なんて夢のまた夢だ。

 だから、魔力以外の力を持つ者。つまり勇者たちの特攻という形に決まった。そして、それだけでは不安だ、と俺がついていくことになったのだ。

 そして、当然ながら勇者のそばにいる俺は、この五年間、一度もこの魔力は使えなかった。


「【色持】は強い魔力が虹彩に出る、と言われていますわ。そして、その色によって呼び名が決まっている、と」


 フィンが背後からゆっくりと近づいてくる。


 稲妻を纏う俺は恐れられることが多い。当然だ。

 だから、フィンに離れるように言ったのだ。

 今だって稲妻は音を立てながらそこに存在しており、その音を聞く度に暗殺者たちはひぃひぃと悲鳴を上げていた。


 けれど、フィンはそんなことなどまったく気にしていない。

 まっすぐに俺の元へと来ると、俺の正面へと回った。

 そして、じっと俺の目を見上げる。


「……とってもきれいな紫色ですわ」


 そしてぽわぽわと頬が赤くなった。


「いつもは黒い髪と黒い目。けれど剣を取ったときにだけ虹彩が紫色になるんですのね」


 そう。俺の容姿は平凡で黒髪黒目。

 他の【色持】と違って、常時、虹彩の色が変わっているわけではない。


 だから、勇者たちに説明をしても信じることはなかった。

 俺が【色持】なのだと言っても、虹彩の色がまったく変わっていないからだ。


「あなたが世界で唯一、錬金術師と言われる方」


 フィンが感動したように声を震わせる。

 そして、口元を緩めた。


「【紫電】さま」

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