剣の峠

三瀬川 渡

剣を愛する者

 


 物心つく前から剣に触れるのが好きだった。

 赤子の頃から剣を見ると笑い、四つ足で這えるようになると一目散に壁に飾られた剣に向かったというのは今ではお笑い草である。


 何せ俺には剣の才能というものがまるで無かったのだから。

 この世界での才能の絶対的指標である『スキル』を何一つ持たずに生まれてきた凡人に過ぎない。


 同じ筋力の者だったとしても、スキルが有るのと無いのとでは剣速と切れ味に大きな差が生まれる。

 どうやら世界がスキルを通して剣を補助するらしい。

 そして、最高ランクの剣術スキルともなれば世界が剣に味方すると言われている。

 今の剣聖がそうであるように。

 その一太刀は天空を穿ち、大地を裂き、大海を割る。

 その剣筋は正確無比に敵対者の首を落とす。

 その剣は世界と溶け合っている。

 剣自体が世界であり、世界自体が剣なのだ。

 剣のひじり、剣聖とはよく言ったものだ。


 まあ、別に俺は強さを求めている訳ではなく、純粋に剣を振るのが好きなだけだが。

 3才の時から剣を持つことに強い興味を示し、父が出兵した時の名残りである安物の剣を握るのが好きだったという。

 いつまで経っても剣に飽きが来ない俺に軽く呆れた父母は5才の誕生日にその剣を譲ってくれた。

 それから10年、両親の仕事を手伝う傍ら、空いた時間は全て剣の素振りに費やした。


 とは言え、才能の無い俺に安物の剣が組み合わさったところで何者にもなれはしないだろう。

 今日も今日とて木こりの父の手伝いを兼ねて剣を使って森の木を間引いていく。

 俺の仕事は薪用の木材確保であり、伐採した生木を湿気の少ないところへ運んで乾燥させるのだ。

 最初の頃は剣で木を斬るのに苦労したのだが、ある時ふと気がついた。

 切れ味悪い剣でも、滅茶苦茶速く振れば大体の物は斬れる、と。

 それからは研究と研鑽の積み重ね。

 剣を刃こぼれさせないよう力加減を学んでいき、柔らかいものから次第に硬いものまで斬れるようになっていった。

 なんでそんなことをしてるのかと訊ねられても、楽しいからとしか言いようがない。

 剣を振るのは楽しいし、凄いものが斬れると凄く嬉しい。

 そんな訳で今日も、刃こぼれだらけの上に10年間研いできたせいでかなり薄い刃となってしまった剣を片手に森を進んでいく。


 そんな折、ふと違和感に気付く。

 普段なら聞こえるはずの鳥の囀りや獣の声、果ては虫の鳴き声すらしないのだ。


「今日はなんだか森が静かだな」


 首を傾げた際に、大木の向こうに何かが見えた。

 家よりも巨大な岩のような……いや、あれは。


 その巨大な物は無数の黒い金属質のプレートに覆われており、その一枚一枚が大人の胴体程の厚みがありそうだ。

 妖しく煌めく黒い金属質のプレートの擦れる音と共に、ソレは起き上がる。

 竜、とてつもなく大きなドラゴンだった。

 金属の板だと思っていたのは高硬質な鱗であり、巨大な岩と見紛う程の巨躯。

 琥珀色の瞳は睥睨しただけであらゆる生き物を怯え竦ませてしまうだろう。

 伝説にして生物の頂点に立つ絶対王者。

 そんな絶望の体現者である黒竜が俺を睨み付けていた。


『森の中でドラゴンを見かけたらすぐに逃げるんだぞ』

 真剣に俺を諭した父さんの言葉が脳裏にチラつく。

 逃げなきゃ、でも、でも──。





 ──ドラゴンって、硬そうだな。


 悪癖。

 硬そうな物を見ると、つい斬れるかどうか試したくなる。


 剣を構えながら、鎌首をもたげ大口を開ける巨竜へと一歩踏み出す。


 剣を愛する者として、剣の限界を究めてみたい。


「俺の剣は……どこまで届く?」

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