第6話 攻防

 雷鳴と共に唸り声を上げたテンペストは、その鋭利な牙をむき出しにした。太い前足で地面を削る。そして助走をつけ、一気にリンへ向かって突進した。

 テンペストの大きな爪がリンに襲い掛かり、リンは間一髪、剣を盾にすることに成功する。しかし、巨体のテンペストが体重をかけてくると、それもいつまでもつかわからない。


「くっ」

 ──どうした!? 守ってばかりでは死期を早めるだけぞ!

「そんなこと、わかってるんだよ!」


 リンはテンペストの爪を受け止めていた剣に魔力を加え、力技で押し返す。そしてテンペストが怯んだ隙に、魔力を帯びた斬撃を叩き付ける。

 リンの魔力属性は『光』。リンを中心に目映い光が放射され、その光の帯一つ一つが鋭利な刃物と化してテンペストに襲い掛かった。


 ──ちぃっ!


 テンペストの白銀の肌に、幾つもの赤い筋が入る。そこから噴き出す血の色は赤く、飛び散った一部がリンの頬に付着した。

 しかしそれで倒れるわけもなく、テンペストは自己治癒能力をフル活用して傷を治す。その間に、わずかな隙が生まれた。


「だあぁっ」


 リンは地面を蹴っ飛ばし、飛び上がる。あまり使ってこなかった吸血鬼の黒い翼を広げ、空からの攻撃を試みた。

 剣を構え、降下の力を利用して刃を振るう。治癒のために素早く動けないテンペストの首を狙うが、反転したテンペストの爪に弾かれた。


「──っ」

 ──愚か、としか言いようがない。神に準ずる我に、何故挑む? 勝てはしないと知りながらも、何故諦めぬ? 我には検討もつかん。

「ぐあっ」


 弾かれ突き飛ばされ、リンは地面に転がった。起き上がる直前、その体が上から押さえ付けられる。

 背骨が嫌な音をたて、リンは激しい痛みに顔を歪めた。それでも悲鳴は上げず、どうにかして身をよじろうと画策する。

 そんなリンの抵抗に対し、テンペストは前の片足のみだ。無謀とも思われる抵抗を続けるリンに驚嘆すら覚えながら、徐々に足に入れる力を増やし加えていく。


「俺、は……っ!?」


 ビキビキビキッという音は、普通人体から聞こえることのない音だ。それが己の体から聞こえ、リンは息を詰める。全身が上から圧迫され、意識がぶれる。

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 リンは霞む目を角柱に閉じ込められた子どもたちへと向け、奥歯を噛み締めた。

 とうに翼は散り、魔力も限界値を越えようとしている。絶体絶命の中、突然リンの耳に聞こえてきた音がある。


(これは……オルガン? 走馬灯ってやつなのか?)


 幼い頃、一度だけ下り立った異世界の国で出逢った同年代の少女。名も知らない彼女は、一人でオルガンを奏でていた。

 ド、レ、ミ。拙い音だ。しかし、リンはその音と共に彼女のことを忘れられずにいる。

 少女への感情が何なのか、リンはまだ知らない。


(もしここで死んだら、あの子には二度と会えないな。……それは、嫌だ)


 リンの中で、諦めようとしていた何かが消えた。それに立ち代わり、信じられないような魔力が沸き上がる。力は痛みを越え、リンの背中を強く押す。

 少年の変化に、テンペストも気付く。


 ──何だ、これは?!

「お前に負けない……必ず、子どもたちを返してもらう!!」

 ──何を。……くそっ、この魔力は何なのだ!


 ドンッと音をたて、リンを押し付けていたテンペストの体が飛ぶ。宙を一回転し、テンペストが着地した時、リンの体は既にその目の前にある。


 ──なっ。

「返せ! 彼らには、待っている人たちがいるんだ!」


 瞠目するテンペストの頭めがけ、リンは剣を振り下ろす。魔力の増加によって大きく育った剣は、本来ならばリンのような子どもに扱える代物ではない。それでも自在に操れるのは、リンの決意あればこそ。


「倒す!」

 ──小癪な!


 赤く燃えるリンの瞳と、白銀に輝くテンペストの瞳。二つがかち合い、魔力が爆発する。

 リンの剣がテンペストの肌を削り、テンペストの爪がリンの足を掠めて大きな傷を作った。互いに痛みに耐えながら、それでも一切止まらない。

 何度刃を交えたかわからない。数え切れない程打ち合い、双方傷だらけになった。


「っ……はぁっ、はぁ」

 ──人の癖に、よくやるものだな。

「諦めは、悪いもんでな」


 口の中で鉄の味を感じながら、リンは強気に微笑む。その実、体は限界をとっくに越え、いつ倒れてもおかしくはない。

 それでも立ち続けているのは、リン自身も不思議だと思っていた。


「これでも、まだ子どもたちを解放する気はないのか?」

 ──お前が我を屈服させたと言うのか? 笑止千万。今ここで、お前に絶望を見せてやろう。

「絶望、だと?」


 何を起こす気か。リンが剣を構えるのと、テンペストが天へ向かって喉を震わせたのはほぼ同時。

 その瞬間、リンは直感で理解した。このままテンペストを吠えさせてはならない、と。咆哮すれば最後、子どもたちは永遠にこの世から消える。


「──っ、間に合え!」


 残った魔力を総動員し、斬撃を放つ。

 光の刃がテンペストに届く直前、テンペストが口を開く。

 万事休すか。リンが歯を食い縛ったその時、彼の両側から懐かしい強さをまとった斬撃が放たれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る