空の右手

 俺は大人だから、恋愛におけるあからさまな駆け引きには興味がなく、そのように子どもじみた行為はプライドが許さない。適度に程よくそつがないコミュニケーションでこそ、上品な絆が結ばれる。そう信じている。

 そんな俺にとって仕事は出来て当たり前。相手も楽しませて当たり前。恋愛は仕事ほんぎょうを活気づかせるスパイス。色気とは知性であると理解しているから、話題の引き出しを常時増やし、ユーモアで会話に華を添えることも忘れない。更には爽やかで大らかな笑顔がデフォルトの平服。そんな俺が頂いた評価は「褒め上手で聞き上手な紳士」。そう、悪いがモテている。かつ性別問わず、皆俺の味方。


 だが常に例外は付きものである。中途採用で入社してきた部下には、俺の笑顔が効かない。

「皆に好かれて嬉しいですか。皆に嫌悪されても、大切なひと一人に想ってもらえていたら、自分は充分幸せですけどね」


 熟成した大人、その自己評価が大いに揺らいだ。

 俺は何に手を伸ばしていたのだろう。

 承認か、愛か、優位性か。どれでもよかった。震源は己の未熟さ。

 俺はきっと、本物の愛を知らない。見栄や条件など忘れさせてくれる圧倒的な愛を、知らなかったのだ。


 この悔しさを、何処に持っていこうか。

 懊悩に足止めを喰らうのだけは御免だから、手始めに連絡先を整理した。慰めはもう不要だ。左手が包むバーボン、お前だけを友とする。


 未だ空っぽの右手。次に繋がるのは、どうか本物であってくれ。

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