悪役令嬢はハッピーエンドの夢をみるか? 婚約破棄と悪役令嬢LOVEと成り上がりとポロリもあるよ!

たろいも

1章 契約者の目覚め

1-1、女神様だ……

「……あなた! ……」

「……にげ……」

「GYA! GYA!」

 喧噪と雨音とにかき消され、両親の声は少年の耳には断片的にしか届かない。だが、忌々しくも耳障りな魔物たちの声だけは、そんな中でもよく響く。


 魔物に襲われた際に、馬車が転倒。その中にいた少年は、覆いかぶさる馬車によって、魔物たちから隠されていた。

 馬車とぬかるんだ泥の間で藻掻きながら、7歳の少年はただひたすらに両親の無事を願いつつ震えていた。

 少年の両親は行商人であった。馬車で町から町を渡り歩く彼らは、馬車で魔物をやり過ごし、これまでも生業を続けてきた。が、これまで商いを続けられたのは、ただの"幸運"だったのかもしれない。今日という"不運"に見舞われるまでの……。


「いやぁぁぁぁぁ!!」

「やめろ!! がっ」

「あなた……っ!」

「GYAA!!」

「GYA!!」

「GYAAAAA!!」


「……」

「……」


「……」


 叫喚と狂騒、やがて人の声も理性的な物音も消え、雨音と魔物の声以外には聞こえる音がなくなった。それが意味することを、少年は思考の奥底へと沈め、ただひたすらに、顔を伏せて父の最後の指示を守り続ける。

『隠れろ!!』

 それが、この絶望を逃れる道だと信じ──


 ──ぴちゃり


 雨音以外の音。間近から聞こえたその音に、少年はゆっくりと顔を上げた。上げてしまった。


「GIYYYAAAA……」

 醜悪な緑肌の小鬼が、その濁った眼に彼を捉え、舌なめずりしつつ吐息のような声を漏らす。


「GI! GYA!!」

 小鬼は隙間から手を差し込み、体をねじ入れ、転倒した馬車の下へと、無理やり潜り込もうと足掻く。

「ひっ!」

 少年は、共に馬車の下敷きとなっていた商品たちを押しのけ、少しでも小鬼から遠ざかろうと後ずさる。

「GYA! GYA! GYA!」

 泥の地面を掻き出し、隙間を広げ、小鬼は徐々に中へと入りこむ。伸ばした手で少年の足にその爪を引っかけようと、ジタバタと暴れる。

 もうこれ以上下がることはできない。迫りくる死を、彼は切迫した呼吸で待ち受けるしかない。


「AGYA!!」

 すると、目前まで迫った小鬼は、小さな悲鳴と共に突然悶え苦しみ、何かに引かれたように外へと引きずり出されていった。


「ここにもいたぞ!」

「逃がすな!」

 先ほどまでは聞こえなかったはずの、大人たちの声。それと共に聞こえるのは魔物たちの悲鳴。それも、早々に収まり、再び雨音だけが響く。


「ひっ!」

 先ほど、小鬼が潜り込もうとした隙間に、一人の男が顔を覗かせた。

「こっちに生存者がいましたぜ!」


 男たちは数人がかりで馬車を持ち上げ、少年を雨の降りしきる外へと連れ出した。泥にまみれた彼を、雨が容赦なく洗う。

 揃いの鎧、立派でありながらも、よく使い込まれたソレに身を包んだ男たちは、少年を一台の豪奢な箱馬車へと連れていく。


「そうか、一人だけでも生きていたか……」

 箱馬車の扉の中、仕立ての良い衣服に金糸をあしらった濃紺の外套を纏った壮年男性が、そう呟いた。少年は、その姿をぼんやりと見上げていた。

「とりあえず、馬車で王都まで送ろう。上がれるかい?」

「だ、旦那様!」

 この場で最も身分が高いと思われる、その壮年男性は、意外なほど身軽なフットワークで、少年を馬車へといざなう。その様を見、老年の執事らしき人物が慌てる。

「彼を……、これ以上雨に当てさせられないだろう」

 壊れた馬車へと視線を向けながら告げた壮年男性の言葉に、執事はただ黙って従うのみであった。



 乗り心地も何もわからない。少年が乗せられた馬車は、気が付けば走り始めていた。窓の外には先ほどの鎧の男たちが、騎乗にて並走している。その様を彼はぼんやりと眺めていた。


「ねぇ、お父様」

 鈴を鳴らしたような、少女の美しい声が馬車の車内に響いた。

「ん? なんだい?」

「この子はどうなるの?」

 少女の問いかけに、"お父様"と呼ばれた壮年男性は一瞬逡巡し、

「そうだね……、王都にある孤児院に預けることになるだろうな」

 お父様の言葉に、少女は「ふーん」と一旦は納得した、かに見えたが、

「でも、こんな無口じゃ、きっとお友達ができません……」

「うむ。彼が元気を取り戻すには、少し時間がかかるかもしれないね……」

 このあたりで、少年もやっと、自分のことを話されていると気が付き、二人へと顔を向けた。


「なら、私がお友達になれば良いですね! おうちに連れて帰りましょう!」

 焦点の合わない視界に、だが、馬車内には自分以外で3人の人間が居ることが分かった。

「あらあら、まぁまぁ」

 壮年男性とも、少女とも異なる。大人びた艶のある声は、少し楽し気な雰囲気を醸し出している。


 突然の娘の提案に、"お母様"とは違い、"お父様"は困惑しきりであった。

「……、う、うむ、しかし、彼の気持ちも聞いてみないといけないよ? 彼は今──」

「貴方! 私がお友達になってあげます!」

 少年の目の前に金と赤の"何か"が立ちはだかる。あまりの勢いに、彼はややたじろぐ。数回瞬きをし、次第に金と赤に目の焦点が合っていく。

 金糸があしらわれた赤いドレスを身に纏い、透き通る白磁のような肌、輝くような金の長い髪を軽くかき上げ、少女はその手を少年に向けて伸ばした。


「だから! 私のモノになってください!」

 少年には、その少女から後光が差して見えた。

「お、おいおい……」

 壮年男性は戸惑いの声を上げたが、少年は少女を見上げて思った。


──女神様だ……。


 少年は、何かに突き動かされるように膝をつき、少女の手を取った。




+++++++++++++++++

<次回予告>


 取った、と思ったその手は、なんとマネキンの手だった!

「ほっほっほっほ! そう易々とは手を取らせはしませんよ!!」

 マネキンの手に頬ずりする少年。

「ちょ、ちょっと。それは私の手でありませんよ!」

 なおも頬ずりする少年。

「や、やめなさい!」

 少女はマネキンの手を取り上げる。少年は、捨てられた子猫のような視線を少女に向ける。

「そ、そんな目で見たってだめですからね!!」

 なおも少女を見上げる少年。

「す、少しだけよ」

 少女が自らの手を差し出し、少年がそれを取るのを待つ。

 少年は首を傾げた。視線はマネキンの手に向いている。

「ちょっと! 私の手よりマネキンがいいの!?」


 次回:好みは人それぞれ


 (これは嘘予告です)

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