第33話 必要なし


「お邪魔します」


 部屋の中は凄惨たるものだった。床には本が床に散らばり、壁には何か大きなものがぶつかった痕跡がある。ここだけ強盗が入ったのかと思うほど汚く、暴れたのだろうか、ベッドは布団がめちゃくちゃによれている。

 部屋の主は椅子の上で踏ん反り返っていた。目の下のクマがひどい。ゴミや着替えで散らかる部屋は寝不足のせいだろうか、だとすれば座布団の周囲だけが綺麗になっているのは残った理性のおかげだろう。


「えっと、おはよう」

「座れ。答えを聞こう」


 虎帯ちゃんはあごで座布団を示した。なんとなく正座すると、彼女は机の上にあった消しゴムを投げてきた。


「足を崩せ」


 俺には理解できない感情でいるのだろう。俺を殴るときの彼女の一面が、平時においても顔を出していた。


「わかったから、ものを投げないでくれ」


 あぐらになると彼女は深呼吸をした。それで落ち着いたのか、ようやく普段の彼女に戻った。


「すまない。この三日間、あまり寝ていないんだ、少しのことでイライラしてしまっていかん」


 目頭に指を当てる。もたれを軋ませ天を仰いだ。


「……そっか」


 それ以上が言えず、かといって他の話題も見つからず、ただ俺は虎帯ちゃんを見ていた。数日でここまでやつれるものなのか、頬もうっすらとこけ、軍服の隙間から見える肌もくすんでいる気がする。


 長い沈黙。俺は彼女を眺め、彼女は天井をぼんやりと見ていた。学校をサボり、俺は友人の家にいる。何をするでもなく、ただ彼女と過ごす時間。最高とはいえないが、退屈ではなく、この穏やかさは俺の性にあっていた。

 二十分くらいはそうしていた。しびれを切らしたのは彼女の方だった。


「すまん。お前も暇ではないだろうに。でも、私から聞くのは不安でな」


 ここにきた理由。俺の立場を表明し、彼女はそれを聴く。俺たちはそれをするためにここにいる。彼女はたったこれだけのことに、何をそんなに逡巡するのだろう。


「不安って、何が」


 俺の答えがどうであれ、友人としての関係は壊れないと言ったのは彼女の方だ。それとも俺が乗り気だった場合のことが不安なのか。不眠で考えた結果、俺が計画に参加できるほどの実力がなかったとか。それならば安易に参加したいなどとは言えなくなる。


「そんなこともわからないのか。お前が参加しないという未来が不安なのだ」


 椅子のもたれを前にして、うなだれる。


「私は私。他人は他人。これも人間関係のあり方の一つだが、私たちは、その、お互いをもっと共有している。過去と、そして約束で繋がれ、私たちは共同体だ。この関係性が断ち切られるとすれば、お前が計画に参加しないと結論した時だ」

「ど、どうしてそんな結論になる? 俺は別に」


 俺から絶交するなどあり得ない。俺の大切な人をどうして手放すものか。その逆があっても、俺はきっと受け入れるだろう。引き止めることもしない。格好悪いし、何よりもそんな格好悪い男といたという事実を彼女の過去にしたくない。


「この計画は国の大事だ。その身から様々なものを捨てる覚悟がなければ成し遂げられない。ことを成すにはお前が必要なんだ。頼む。私を、お前の神でいさせてくれ。私にお前を殺させてくれ」


 後半はうつむき、かなりの小声になっていた。だが彼女が苦しんでいるのはわかった。

 紅の魂鎧、叢雨。あれは御座だ。

 パイロットは暴力的で、美人で、神様だ。

 幼心に誓ったじゃないか。俺の役割はなんだ。俺は死ぬ。それは、誰のために。


『元々決めているくせに』


 そう。覚悟なんて必要ない。三日前、井伊先生の目の前で答えてもよかったのだ。コノミコは笑う。俺もそれにつられて、つい笑ってしまった。

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