閑話: 私を私たらしめる者らへの劫罰を

クリスチュニアのかたわら、

盤上ばんじょうに駆ける針にあくがれて、一人の閑人かんじんが散策するに、

道の逸れた丘上に、

波打ちたるトタンの楡葉にれはに身を隠し、

風に抱きつかれる事をいとわない女が一人。


道に迷った閑人がその女に聞けば、

女は阻喪そそうの目で閑人の服装を舐めまわした後、首をすくめて答えた。


「ああ!諸所しょしょ歴巡れきじゅんする貴方は、沈没した*¹私のいろを見て嘲笑あざけわらう!


されど貴方達はこの醜穢しゅうわいを、

肉欲の仮面で目を塞いで

その泉が枯れるまで存分に愛す。


その塩の止め方を知らぬ諸兄しょけいら*²はとてものことに悪魔メフィストフェレス*³へその身を預ければ良いものを!」


閑人は女が矢庭に無性むしょううとましく思って、呆想ほうそうながらも返した。


然程さるほどに言うなれば、おまえはこれに値せぬ者なるか。

いや違う。ヘレナに問えば、おまえは美麗で耽美たんびたる女だ。


自ずを勝るに恐るは寛闊かんかつの悪夢にかず。

オスロは遠きこと。」


閑人は女を一頻ひとしきり笑ってから水をかけた。






 *¹ 沈没する・・・隠語として遊女となる事を言う。


 *² ノルウェー民話集は「海の底のひき臼」より、ある男が老父から望みの品を出すひき臼を引き受けた事で、幸福が約束された男に嫉妬した男の兄が、そのひき臼を盗み海上で塩を出す。止め方を知らない兄はそのまま塩の重みでひき臼共に海中へ沈んだ。


 *³ 戯曲『ファウスト』より、絶望のどん底にいた学者ファウストは悪魔メフィストフェレスと契約し、地上の豪奢と快楽を知る。やがて断罪されたファウストは、少女グレートヘンに対する天上の愛で救われる。ゲーテ作。

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