第12話 初デートの帰り道

 ——夕方

 閉園時間はまだ先だが沙耶乃の門限に合わせて遊園地を後にした俺たちは電車で最寄り駅まで帰ってきていた。

 「今日は俺を誘ってくれてありがとな、沙耶乃」

 隣を歩く沙耶乃へ無意識に伝えていた素直すぎる感謝の言葉に自分でも驚いてしまう。

 朝には緊張していたはずの名前呼びも、いつの間にか自然にできるようになってるし……

 気恥ずかしくなった俺は沙耶乃から視線を逸らして前を向く。

 「わたくしは先輩のお母様にチケットを頂いたからお誘いしただけですわ」

 嘘つけ。 土曜だってのに俺の家に押し掛けて来たから母さんにチケットを貰ったんだろ。 最初から俺を連れ出す気で来ていた癖に……

 「そうかい。 まあ、沙耶乃の意外な一面も見れたし良しとするか……」

 昼間、お化け屋敷で大号泣してしまった沙耶乃を思い出して俺は小さく吹き出す。

 「先輩! わたくしがお化け屋敷で泣いてしまったのを思い出して笑いましたわね!?」

 隣で怒りと恥ずかしさの混じったような赤い顔をする沙耶乃が声を荒げる。

 「休日の先輩を観察して弱みを握るつもりでしたのに、わたくしの方が弱みを晒してしまうとは……」

 心の声漏れてんぞ、それ俺に聞かれちゃ不味いやつだろ。 てか俺、弱みを探られてたのかよ!

 「お前って有能なお嬢様と見せかけて結構抜けてる所あるよな……」

 「先輩にだけは言われたくありませんわ! 連日お説教が必要な問題児だと先輩のお母様も仰っていましたわよ?」

 苦笑いを浮かべて哀れむような俺の視線に気づいた沙耶乃は俺を睨み吐き捨てるように言った。

 「俺が母さんに怒られてるのはお前が原因だよ全部! お前と出会わなければ怒られてなんかねえ!」

 俺からの反論を聞いた沙耶乃は急に表情を暗くしてその場に立ち止まり、不安そうな瞳で俺を見つめる。

 「先輩はわたくしと出会ってしまった事がお嫌でしたの……?」

 俺の言い方が悪かったな。 ごめんな、そう言ったように感じたなら。

 「嫌だったなんて……そんな訳ないだろ……」

 寧ろ最近ちょっと楽しい……かもしれない。 お前が居てくれるから。 なんて素直には言えないし、言わないけれど。

 だからそんな顔しないでくれよ……悪戯っぽい顔で笑ってるくらいが一番お前らしいからな……

 「どうして酷いこと言われたわたくしより、先輩の方が悲しそうな顔をしているんですの?」

 俺そんな顔をしてたのか……表情に出てしまっていたとは。

 「ご心配なされなくても大丈夫ですわよ、先輩。 わたくしに出会えて嬉しかった事くらい聞かなくても分かりますわ」

 沙耶乃は悪戯っぽく笑うと俺に意味ありげな視線を送って来る。

 また俺コイツに騙されていたのかよ! 本気で反省してなんか損した気がするわ!

 でも、沙耶乃が本当に悲しんでいたわけではないとわかって少しホッとした気がした。

 どうして俺は沙耶乃が悲しむ顔を見たくないなんて思っているんだ……? 友達になれたから? それよりももっと強い気持ち……好きになったとかじゃない……よな……?

 自分でもはっきりとはわからない小さな気持ちの変化に気づいて頭を悩ませている俺を沙耶乃は怪訝そうに覗き込んでくる。

 「先輩……? 聞いていますの?」

 「悪い、考え事して聞いてなかった」

 「人の話を真面目に聞くなんて小さな子どもにだって出来ますわよ?」

 ぷうっと頬を膨らませて怒る沙耶乃が今の俺にはとても可愛く見えてしまった。

 本当にどうしちゃったんだよ俺……沙耶乃ってこんなに可愛かったっけ……?

 「子どもとは違って、歳取った分考えることが増えたんだよ。 そう言う事にしておいてくれ」

 「ふーん、先輩の考える事なら大した事では無いのでしょうけれど……」

 いっそ、お前のせいで悩み事が増えたんだって言って困らせてやろうか? 本当はとても言えないけど……

 そんな話しながら沙耶乃の家までの道を並んで歩いたのだった。


 住宅街に入って少しの位置にある真新しいマンションの前で沙耶乃は足を止めた。

 「ここですわ、先輩」

 「お前、本当に凄い奴だったんだな……」

 エントランスに立っている警備員が沙耶乃を見るや否や深々と頭を下げる様子を見ればそう思わざるを得ない。

 「ただ周りより少し裕福な家庭に生まれただけですわ。 今のわたくしにはお父様のようなカリスマ性も、お母様のような優しさもありませんから……」

 沙耶乃はため息まじりにそう溢した。

 お嬢様はお嬢様で色々な期待とか気苦労とかプレッシャーが絶えないのだろう。 沙耶乃の表情からそんな気持ちを察した。

 「まあ、俺からすると沙耶乃は沙耶乃だしお嬢様とかどうでも良いけどな」

 「自分から話を振りましたのに投げやりですわね……でも、ありがとうございます……先輩」

 沙耶乃はくるりと身を翻し、俺に背を向けエントランスへと歩いていく。

 「また週明けに学園でな」

 俺が背中に声をかけると沙耶乃は一瞬、後ろを振り向いて笑顔を見せてくれた。

 やっぱり今日の沙耶乃はマジで可愛い。 沙耶乃の笑顔を思い出しながら俺も家路を辿った。


 ——帰宅後

 食事と入浴を済ませた俺は自室でスマホを片手に頭を悩ませていた。

 なんだこれ……写真を見返しても沙耶乃が可愛いんだけど…! 本当にどうしたんだよ俺!

 そういえば、今日撮った写真を送る約束してたな……送る前にもう一度写真をよく見返さないといけないよな。 別に俺が見たい訳じゃ……

 言い訳をしながらも沙耶乃の写真を見ていると、突然着信音が鳴り響く。 画面に表示される浦影沙耶乃の文字を前に一度大きく深呼吸をしてから俺は応答ボタンを押した。

 「先輩、今わたくしの写真を見返してニヤニヤしていましたわね? でも、電話は3コール以内に取るのが常識ですわよ?」

 「俺はビジネスマンじゃねえ! それとニヤニヤはしてない! 変な憶測はやめろよ!」

 「わたくしの写真を見ていた事は否定しないのですわね?」

 あっ……そっちを否定するの忘れてた……実際お前の写真を見ていたんだけどな。

 「ちょうど写真を送ろうとした瞬間に電話してきたんだから仕方ないだろ」

 「でしたら同じタイミングで連絡したわたくしは先輩と相性ぴったりと言う事ですわね」

 なんでそんなに嬉しそうに言ってんの!? 友達としての意味で言ってるだけだよね……?

 「お前、今俺が反応に困ってるの想像して笑ってるだろ! 顔が見えなくてもわかるぞ!」

 「あら、良くお分かりになりましたわね。 これが以心伝心と言う事なのですわね……」

 「確かにある意味そうとも言えるけどさ……って写真送る約束だったよな……ほい、送ったぞ」

 沙耶乃からの突然の電話で忘れかけていた本来の目的を思い出した俺は遊園地での写真を送る。

 「ありがとうございます、先輩。 わたくしからも送りますわね。 つ、ツーショット……」

 送られてきたのは例のカップルの彼氏さんに撮ってもらった沙耶乃と俺のツーショット写真。

 写真に写るのはぎこちない笑顔で棒立ちする俺と、頬を染めて俺の腕を掴む沙耶乃の姿。 二人の様子はどうみても新米カップルのそれにしか見えなかった。

 「やっぱりこの写真はちょっと恥ずかしいな……」

 「今日だけはわたくしたち恋人……でしたから普通の事ですわ……」

 恥ずかしいなら無理してそんな事言わなきゃいいのに……

 「じゃあ、この電話は、あと数時間だけ彼氏の俺へおやすみの電話だったのか?」

 芽生えてしまった悪戯心から出た俺の言葉に沙耶乃は黙り込む。

 おいおい、正解だったとか言わないよな……? もしそうだって言うならこいつ可愛すぎるぞ……

 「先輩がそう思いたいなら思えば良いですわ! わたくしもう寝ます! おやすみなさい!」

 ……切られた。 その反応って正解だったのか……? やばい、可愛い……

 その日の俺は色々な考えが頭に浮かんでしまい、あまり眠ることが出来ないのだった。

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