第2話 入学式

「いってらっしゃい、カノン」

 王立魔術学園の正門前で先に下ろしてもらった私は入学式の行われる講堂へと一人で向かう。一緒に来た二人は来賓として呼ばれているので新入生と同じ正門から中には入らない。第一、炎聖や水聖として名を轟かせている二人が新入生の溢れる正門前にいきなり現れれば人だかりが出来てしまうだろう。

 王城の敷地から出ること自体が初めてのことで大丈夫だろうかとそわそわしながら歩いていたけど、周りを見れば入学への緊張からか動きのぎくしゃくしている人もいて少しホッとした。

 人波に流されるように入学式の行われる講堂へと歩いていき、受付で言われた通りに席に向かうと、既に埋まっている隣の席には綺麗なプラチナブロンドの髪を垂らした少女が座っていた。クラスごとに席は決められているらしいので、おそらくこの少女はクラスメイトになるのだろう──そんなことを考えながら腰を下ろすと、不意に少女がこちらに人好きそうな笑顔を向けて口を開く。

「同じクラスになるんだよね? あたしはシルヴィ、よろしく」

「……私はカノン。よろしく」

 突然話しかけられてびっくりしてしまったけど、ちゃんと落ち着いて自己紹介できたはず。私がきちんと受け答えが出来たことに安堵していると、シルヴィはそんな暇など与えないとばかりに次の言葉を紡ぐ。

「カノン──綺麗な名前ね。ねぇカノン、知ってる? 今日の入学式には炎聖のコネリー様と水聖のキングスコート様が参加されるんだって!」

「うん、まあ……知ってる」

 何ならさっきまで一緒の馬車に乗ってたし、と思いながら答えるとシルヴィは興奮した様子で続ける。

「きっと来賓席に座られるからここから眺めるだけになるだろうけど、それでも生で炎聖と水聖のお二人を見られるなんて! こんなこと滅多にないよ!」

「た……たしかに?」

 目を輝かせながら力説するシルヴィに曖昧な相槌をうつ。シルヴィの口ぶりから二人を見る機会はなかなかないらしい。そういえば二人の出席する式典はほとんど魔術関係で魔術師以外は参加しないって言ってたっけ。

「でもお二人が来られるなら土聖のグラッドストーン様のお姿も見られるかもって期待したんだけどな」

 彼女の口から飛びだした「土聖」という言葉に固まる私を置き去りに、芝居がかった口調で滔々と語るシルヴィ。

「弱冠十五歳で土の塔の頂点に立った天才。土属性とは別に他に使い手のいない雷属性の魔術まで使える規格外。人々は畏敬をこめて彼女を雷霆の魔女と呼ぶ──でも土聖の就任式から一度も顔を出してなくて、国民は誰も彼女の顔を知らない。ん~~なんてミステリアス! いったいどんなお方なのかしら!」

「ど、どんな方なんでしょうね」

「そういえばカノン、グラッドストーン様と下の名前は同じよね。歳も同じだし周りから何かと言われるんじゃない?」

「ま、まあ……」

 シルヴィの勢いに押されながらまた当たり障りのない返答をする。

「そうよね、大変だよねぇ。歳と属性が同じってだけであたしも比べられてあれこれ言われるのに名前まで同じだなんて……これからはあたしがそんな輩は全員ぶっ飛ばしてあげるから安心して」

 勝手に決意してフンスとやる気になっているシルヴィを横目に安堵する。シルヴィは私が土聖ではないかと疑いすらしなかった。

 ここでの私の名前はカノン・エインズワース──さすがに同姓同名は怪しまれるだろうということで、おじいさまが苗字を用意してくれた。クレアが言うにはおじいさまの遠縁に当たる家らしい。

 「シルヴィお姉さんが守るからね」などと呟いている彼女を見ていると、講堂全体が急にざわつきだす。何事かとシルヴィと私も他の生徒が向いている方を見る。すると、入り口の方から何人かの男子生徒がこちらに向かってくるのが見える。

「第五王子のパスカル殿下ね。こっちに来るってことは同じクラスみたい」

 シルヴィが声を潜めて私に告げる。王族が魔術学園に入学するなんて珍しいな……

いや待てよ、パスカル殿下は王族──ということは王城で暮らしているはず。もし殿下に私が王城にいるところを見られていたら?

 王城は少なくとも一介の学生では入れない場所だ。怪しまれて調べられればいずれ私が土聖のカノン・グラッドストーンだと辿り着いてしまうかもしれない。

 殿下が間違えてこちらに向かってきていてほしいという私の願いも虚しく、殿下は私やシルヴィと同じブロックに座る。今のところ私に気付いている素振りはないけど、顔を見られないようにちょうど反対側に座っているシルヴィと何か話しておこう。

「シ、シルヴィ……シルヴィの魔術の属性は?」

「あたしは土よ。カノンは?」

「わ、私も土、です」

「えっホントに? じゃあきっと授業も一緒だね、仲良くしてね」

「は、はい。これからも……よろしくね、シルヴィ」

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