第21話 死んだ情報屋は良い情報屋

 豚肉は最高だった。

 1日経っても感動から帰ってこれないコウリンとジェーンだが今はそんな場合ではない。

 放課後にミズハが特定した自動車整備工場にスクーターで向かえば何故かステルス忍者が居た。整備員の1人の左腕関節を決めて何かの交渉を行うところのようだ。


「再会が早いな少年。金が有れば依頼を受けるぞ。それとディザスター、お前の対策は間に合っていないから今日はやらないぞ」

「いや、アンタに頼む事なんてねえよ」

「ちょっと、私のお兄さんに気安く声掛けないでくれる?」

「なんだ、そういう関係だったのか。安心しろ、私は年上趣味だ」


 何の話をしているんだと言いたいコウリンと従業員たちだが明らかに関わってはいけない人種だ。下手に声を掛けて注目されるくらいなら関節を決められている整備員には悪いがさっさと逃げたい。


「えっと、俺たちはこの工場で整備された青い車の情報が欲しくて来たんだ。関係無いならそれが1番なんだが?」

「むむ。もしかして下水に放り込まれた死体の捜査か?」

「何か知ってんのか?」

「全く、お前たちは何で私の仕事の関わってくるのか。私も同じ要件だ」


 全員が嫌な顔をする。

 整備員からしたら助けではなく敵が増えただけだ。


「わ、分かった! 質問には素直に答える! だからそいつを離してくれ!」

「社長!? でも信用問題が」

「従業員を見捨てる方が今後に関わる! 頼む、離してやってくれ。応接室で話そう」


 腹の出た社長が悔しそうに言った事でステルス忍者は整備員を解放した。首を軽く捻って骨を鳴らしコウリンとジェーンに向けて挑発的に肩を竦めてみせる。

 社長が肩を落として工場内に歩いて行くのを3人で追った。

 規模が大きい店ではない。従業員も20人に満たないのだろう、小さなオフィスで数人の社員がデスクで仕事をしていた。

 人相の分からないステルス忍者を怪しみ、美人過ぎるジェーンに驚き、普通の男子高校生なコウリンに首を捻る。


「どうせ普通ですよ」

「まあまあ、それだけ目立たないって事だから」

「顔を晒すお前たちはおかしいぞ」


 茶々を入れるステルス忍者を2人で無視して社長に続き応接室に入る。

 流石に招かざる客なので茶などが来るとは思っておらず、社長は苛立たし気に椅子に座った。コウリンが最も遠い斜めに座り、正面がジェーン、隣がステルス忍者だ。


「それで、改めて何の用だ」

「私が知りたいのはこの車の情報だ」


 そう言ってステルス忍者はこの時代には珍しい紙に印刷された車の写真を机に投げた。

 コウリンとジェーンも覗き込めば探している車は同じらしい。


「オレたちも同じ車を探してここに来ました。人殺しに使われた物らしいんです。教えて貰えませんか?」

「教えろと言ったって何を教えれば良い? 車両ナンバーか?」


 最も素人臭いコウリンの言葉に社長は語気を強めたが、2回も殺されかけたコウリンは今更この程度では怯えなかった。少し脅すつもりだった社長はその態度に困惑している。


「知りたいのは人とぶつかった跡が有ったかと、所有者というか持ち込んだ人の情報です」

「客商売で依頼者の情報を簡単に渡せるか」

「そうか、残念だ」


 コウリンと社長が疑問を口に出す前に社長の後頭部を掴んだステルス忍者が応接机に社長の顔面を叩き付けた。

 直ぐに持ち上げ耳元に顔を近付ける。


「整備員から手を放したから勘違いしたか? 私は交渉をしに来たんじゃない。さっさと情報を渡せ」

「社長さん言う通りにした方が良いよ~。社長さん殺して従業員に聞くくらい普通にするから」

「なっ、何が?」

「ほらほら、情報情報。そのデスクトップかな? それとも手持ちの端末?」

「しゃ、社長さん早く情報出して! この2人本当に躊躇しないから!」

「おや、君たちは殺し合った事でも有るのか?」

「あの時のお兄さん、激しかったなぁ」

「言い方! 銃向けられたから必死に暴れてスタンガン打ち込んだだけだ!」

「分かった! 端末に出す! 手を放してくれ!」

「そうかい」


 手を放したステルス忍者だが直ぐに右手の6本爪を展開して社長に見せる。


「銃みたいに簡単な死に方はさせない。人間は痛みも快楽だと思えるんだ、自分で試したければ言ってくれ。情報を貰う為だ、協力するぞ」

「うっわ、下品。お兄さん、私あんな事してないからね」

「お前は全部粉砕するからだろう。少しは遊びも覚えた方が人生は楽しいぞ」


 女2人が睨み合っている間にコウリンに促されて社長は情報端末の操作を急いだ。震える手で何度も操作を間違えながらも20秒ほどで何とか情報を表示した。


「こ、これだ」

「ありがとうございます。えっと、データ貰いますよ」


 画面に表示された情報を見ながらコウリンがアイコンを操作しデータをコピーする。ジェーンとステルス忍者も同様の操作をしているらしく短い時間3人が無言に成った。

 引き出した情報は『車の傷の画像』『依頼者の名前と連絡先』『防犯カメラの依頼者の映像』『整備員の所感』だ。


「ありがとうございました。社長はこの依頼人や車を見ていますか?」

「あ、ああ。陰気な大男だ。この車、風評被害が有るんだが似合わないからよく覚えている」

「風評被害ですか? 確かにレーサー仕様で飛ばしたい人向けに見えますね」

「この車はボンボンの息子とかが好むんだ。特に警察相手に市街地レース挑むようなバカが。だから乗ってるだけで警察に睨まれるし金持ちを妬む連中に狙われる。そんで買う奴が限られて、風評被害が加速して、負の連鎖だ」

「なるほど。盗品か代理人の可能性が高そうですね」

「ああ。これは所感にも書いてないが、製造番号から見るに製造は風評被害が広がった後の新しいロットだ。それこそボンボンの息子意外が持ってるとは思えない」

「わざわざ教えて貰ってありがとうございます。これ以上はお邪魔でしょうしオレたちはこれで出て行きます。お騒がせしてすみませんでした」

「あ、いや、良いんだ。何を追ってるか分からないが、君は気を付けろよ」


 社長は明らかに飴と鞭でコウリンに頼っていた。情報端末には載っていない情報までペラペラと話したのはその証拠だろう。

 素直に整備工場を出た3人は離れて路地へ移動した。


「お兄さんてば情報引き出すの上手~」

「いや単純にやり過ぎだろ! 怯え過ぎててまともに話できるか不安だったわ!」

「その場合は話せる程度に割り切れる社員に当たるまで殺し続けるつもりだったさ。ま、君のお陰で追加情報が入ったから感謝しておこう」

「この脳筋本当に嫌!」

「あの情報屋は私も懇意にしていたからね。金に弱くて口は軽いが便利に使えた奴でね、少し気が立っていたんだよ」

「なになに、年上趣味ってお爺さんが趣味だったの?」

「何でも恋愛に結び付けるのは子供っぽいぞ。それとも男を他に取られるのが怖いのか?」

「お兄さんは私にメロメロだからそんな心配はしないよ」

「……メロメロは流石に恥ずかしいな」

「急に素に成るの止めてよ!」


 途中から思い切り脱線したのでコウリンは溜息を吐いてアイコンにさっきの情報を映し出した。


「依頼者の住所はちょっと離れてるな。ジェーン、さっさと行こう」

「はいはーい。んじゃ、もう私たちと同じ方向に来ないでよね」

「同じ情報を持っていてそれは無理だろ。お前たちこそ興味本位で痛い目に遭わないよう気を付ける事だ。ま、私は別の用を済ませるとしよう」


 そう言ってステルス忍者は去って行った。

 確かにコウリンとジェーンが情報屋の事件を追っているのはジェーンの『気になる』からだ。

 最初はアケボシ本社ビル襲撃事件の関係者から始まったがミズハの情報網でテロリストの残党だと判明している。

 ここで手を引いても特に問題は無いはずだ。


「だってよ?」

「う~ん。まだ私が自爆した理由も分からないし、調べたいかな。お兄さんこそ、付いて来るの?」

「お前1人だとあの整備工場、血の海みたいだし」

「ふふーん、私のストッパーよろしく~」


 止められる自信など無いコウリンだった。

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