第9話 東京湾倉庫街侵入

 言うまでも無いがジェーンが自爆した仕事はコウリンには何の収入にも成らない。先日のアケボシ本社ビルの事件と同様に関われば命の危機を感じるが何の利益も無いのだ。

 念の為に確認したがジェーンの口座に金は入っておらず、仕事が達成されているかの確認はできていない。

 ただ、仕事の集合場所や自爆地点は東京湾の倉庫街。ニュースで新たに爆発が確認されアケボシ本社ビルの事件との関連性を警察が調査しているエリアだ。


「お兄さんは来なくても良かったんだよ?」

「いやいや、流石に気になるから。それにしても警察だらけだ」


 東京湾の周辺は多くの警察官が歩き回っており金属棒が等間隔に設置され、棒と棒を赤く発光する電気製の帯が繋いでいる。その電気帯は通り抜けられる物ではないらしく集まった記者が帯に弾かれて倉庫街に近付けないでいた。

 また空は赤いパトランプを付けた陸空両用パトカーが飛んでおり人員や物資を頻繁に運んでいる。ドローンが倉庫街を囲むように浮いており地上の電気帯同様に赤い帯で報道機関の飛行自動車が入って来れないように防いでいるがパトカーは素通りしていた。


「これじゃ近付けないかぁ」

「ドラマとか映画のスパイだとビルの隙間とかから入ったりするけど、そんなに都合良くいかないな」

「へぇ、面白そうなの有ったら教えて。観たい観たい」

「はいはい。さて、どうする? オレ的には帰った方が安全だと思う」

「そして私とイチャイチャしたい?」

「それはそう。いや待て、そんな体だけの関係は求めてないからな」


 言い訳にしか聞こえないが本心だ。流石に12歳の少女を相手に17歳の少年が体が目当てだなどとプライドに関わる。

 分かっていてニヤニヤ笑うジェーンに溜息を吐いて改めてコウリンは電動スクーターを路肩に停めた。これなら事件現場の近くを通ったから見に来た野次馬にしか見えないはずだ。


「流石に日中は無理だから夜かな。でも電気帯が邪魔くさい」

「あれ痛いらしいもんな。あ、痛そ」

「マスコミさんも大変だよね。建築系のお仕事より体痛くなりそう」


 現場に少しでも近い写真が欲しい記者の何人かが誤って電気帯に触れた為に電流を流され痛みで後方に倒れた。ドミノのように背後の記者も巻き込まれて倒れていく。

 大規模な事件現場ではよく見られる姿なのでコウリンたちは何も思わないが記者たちは口々に警察官に汚い言葉を飛ばしている。『報道の自由』『過剰防衛』などよく聞く言葉ばかりだ。


「夜まで適当に時間潰す?」

「良いのっ? やった」


 電動スクーターに2人乗りしていたがコウリンはアクセルを回した。ジェーンは協力してくれるコウリンに背後から抱き着き密着する。スクーターでは速度は出せないので密着する必要は無いのだがコウリンとしては役得だ。

 言った通り、時間潰しと偵察を兼ねて少し周囲を走り近場のファミレスに入る事にした。


ττττ


 夜、警察の警備は変わっていないが日中と違い闇夜で視認範囲が下がる。

 報道機関も同様の事を考え、日暮れに合わせて帰社するように見せかけて実は入り込む隙間を探している。


 同じ事を考えたコウリンとジェーンだが足にジャンプ力強化のメカニカント手術を施している記者多いらしい。

 彼らもバッタのように思い切り跳躍して電気帯の回避を試みているが目に見えない電気帯が有るらしく空中で弾かれている。


「作戦会議っ」

「イエッサー」


 見えない壁は対処できない。アイコンのサーモグラフィや赤外線のモードを切り替えてみるがまともに見えるのは5メートル程なので倉庫の屋上の更に上空となると視認距離が足りない。何となくぼやけた視界の中で空に薄っすら帯が浮かんでいるのが見えただけだ。

 電気帯が無い場所は倉庫の壁などだが報道関係者の中に壁を破壊するメカニカントは居ないようだ。


「壁壊しちゃう?」

「音でバレるんじゃないか? それより登るのはどうよ? 倉庫の上で匍匐前進とかすれば通れないか?」

「じゃあ試してみようか」


 コウリンは足裏に仕込んだ電磁石で壁を登ろうと思ったが先んじてジェーンに抱えられて衝撃と共に地面が離れていく。悲鳴を出して見つかるのを避ける為に咄嗟に口を手で押さえたが思わず涙が出てしまった。

 音も無く屋上の縁に着地したジェーンはお姫様抱っこに持ち直してからコウリンを屋上に立たせた。

 思わず劇画タッチで『ヤダ、カッコいい』などと言いそうになったコウリンだが根性で飲み込んだ。


「誰も来れなかったのかな?」

「足音が隠せなかったんじゃねえかな。ジャンプと着地のどっちも音を立てないって超高性能に成ると思う」

「おお、ミズハにお礼言わないと」

「むむ」

「嫉妬?」

「そうだよ」

「拗ねないでよ~」


 困ったように言いながらジェーンは上機嫌でコウリンの頭を撫でる。

 年下なのに年上にしか見えない美女に頭を撫でられる状況。反応に困りコウリンは溜息を吐いてアイコンを電気帯が見えるモードに切り替えた。

 やはり飛び越えたりする事を考えた高さに電気帯が展開されており報道関係者が弾かれる理由も分かる。


 事前に考えていた通り匍匐前進で進もうと思ったが流石に屋上は汚れており腹這いに成るのは躊躇われた。中腰でも電気帯には当たらなさそうだったので2人は腰を落として電気帯の内側に入り込んだ。


 関門を突破した事で音を立てないようにハイタッチし、ジェーンの記憶に有る集合地点に向かう。内側から爆破されている倉庫の2つ隣の倉庫らしく、地上では警官と遭遇する可能性が高いので屋上をジェーンの脚力で跳んで行く。


「警察もパワードスーツを持って来てんな」

「爆弾が有るって思ったら必要だったのかな? あとは、う~ん、爆弾がまだ残ってると思ってるとか?」

「追っかけられたら逃げ切れるか?」

「余裕余裕」

「ミズハさん、何を目指して作ったんだよ」

「最高傑作らしいよ」


 ジェーンに抱えられる事を情けなく感じつつ、少しは役に立とうとコウリンは周辺の観察に集中した。

 警察が導入しているパワードスーツはパトカーと同様に白黒の配色で両肩に赤いパトランプを模したライトを追加で装備している。爆破された倉庫の中は主にパワードスーツが捜査しているらしく、見つかったとしてもそこから遠ければ逃げられる可能性も高そうだ。


「ここだよ」

「さって、何が有るのかな?」


 2人でアイコンの設定を切り替えて中の様子を探ってみるが特に怪しい所はない。警察も事件性が無いと判断したのか中には誰も居ないようだ。

 入口は1階のみだが2階や屋上の窓から中に入るだけなら可能だ。窓を開けっ放しにしておけばジェーンの跳躍力で脱出もできる。

 再び抱えられたコウリンを抱えたジェーンが屋上の窓を開きっ放しにして倉庫内に飛び降りる。脚部のサスペンションが衝撃を吸収してコウリンですら聞き取るのが難しい程の着地音に抑え込んだ。


「……やっぱ、何も無いか」


 アイコンは性能次第だが通常視界以外では視力が著しく落ちる。人間の視力に関わらず赤外線やサーモグラフィでは精々5メートル程度しか正しく見る事ができない。地上で捜査を行う警察が2人を見つけられず空中に電気帯を展開し屋上を無人でも問題無い状態にするのはこの為だ。


「仕事の集合時間は4日前の10時。え~、倉庫街の職員さんとかに怪しまれなかったのかな?」

「いや自分の事だろ。まあ記憶は無いんだから仕方ないけど」


 思わずツッコミを入れたコウリンだが無い物は仕方がない。それにこのまま迷宮入りすればジェーンが諦めるかもしれないという算段も有る。

 そんな風にコウリンが計算していると、轟音と共に空間が揺れ、直ぐに先週の出来事を思い出した。


「ば、爆発?」

「隣の倉庫みたい。足音、ヤバ集まってくる」

「今から上に逃げたら、クソ、パトカーに見つかっちまうか」

「爆発が無人なのか有人なのか……お願い馬鹿な犯人そこに居て!」

「お願いする割に口が悪い」


 幸いにも倉庫は広く中心に居れば警官が2人を見つける可能性は低いが、逆に2人も周囲の状況を見る事ができない。

 地下も無い倉庫ではコウリンが言った通り今から屋上に出ると上空に集まっているだろうパトカーに見つかってしまう。

 2人は最悪の場合、屋上から逃げる事にして倉庫の中央で警官たちが来ない事を祈った。


 ただ、爆発があって周囲の確認を怠るような警察は居ない。

 バタバタと倉庫の入口付近から足音がする。


 2人は上空のパトカーに見つかる事を承知で屋上に跳び出した。

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