第6話 ジェーンの正体

 門から5分歩いて屋敷の正面に到着したコウリンは改めて敷地の広さに溜息を吐いた。こんな馬鹿みたいな広さにする理由が分からない。むしろ警備が難しく成るとしか思えない。庶民には分からないブルジョワジーな理由が有るのだろうと疑問を抑え込む。


 屋敷の扉はコウリンがノックしようかドアノブに手を伸ばそうか悩んでいる間に勝手に開く。

 その奥、屋敷の中で電動車椅子に座った少女が待っていた。


「いらっしゃい、ジェーンのお客さん」


 どこかサディスティックな印象を与える少女にコウリンは慌てて一礼した。

 何故サディスティックだと感じたのかと思ったが、目だ。

 口ではコウリンの来訪を歓迎しているが目は薄く細められ値踏みされているようだ。理由は分からないがジェーンの関係者だと知っているらしく、それ以上の価値は無いと思われているようでもある。


「えっと、コウリン・ハヤタといいます」

「ミズハよ。ジェーンに渡したはずの契約書を持っているなんて、是非お話を聞かせて欲しいわ」


 そう言ってミズハは電動車椅子を操作してコウリンに背を向け、首だけで振り返って付いて来るように顎を振った。


「時間も勿体無いし移動しながら話しましょうか。まずは、ジェーンとの関係を教えて貰える?」

「ジェーンはオレの家の居候です」

「それはご愁傷様。情報端末を渡されるなんて随分信用されてるのね。知り合ったのはアケボシ本社ビルのテロの時かしら?」

「そうです。ジェーンに殺されそうになって、ジェーンがテロリストたちに裏切られて、一緒に逃がして貰いました」

「あらドラマチック」


 電動車椅子には階段の昇降ができる機能が有るようだった。

 ミズハは特に客間に向かう事も無く、屋敷内を少し進んだ所に有る地下への階段に向かった。

 何となくエレベータではない事を意外に思ったコウリンだが階段は短く確かにエレベータの方が時間が掛かりそうだった。


「いつジェーンの情報端末を入手したのかしら?」

「新しい仕事に行くって出て行って、情報端末は置いていくからって」

「なるほど、帰って来るつもりだったのね。姿を消して何日くらい?」

「3日です」

「家出少女を心配するにも短いわね。よっぽどジェーンに会いたかった?」

「何でも良いでしょ」

「それもそうね。ま、でも正解よ」


 いきなり正解と言われてもコウリンには意味が分からない。そもそも正否が有る状況なのかもコウリンには判断が付かないのだ。


「その端末は特別性でね、貸して貰える?」

「……どうぞ」

「警戒心が有るのは良い事ね。ここをこうして……作っておいてなんだけど面倒ね。情報漏洩対策で仕方ないんだけど」

「作った?」

「これをジェーンに渡したのはアタシだもの。さ、できた」

「は?」


 そう言ってミズハは電動車椅子の手摺りに情報端末を置いた。まるで最初から車椅子と端末がセットで作られていたように車椅子の手摺りのスリットが凹み端末をホールドする。

 そして、端末はミズハのよって生態認証を突破し起動した。

 画面が電子画面特有に青白く発光し、立体映像を映し出しす。


 階段を降りてミズハは扉を開いた。

 薄暗い廊下が続き、その奥には大仰なサーバーが設置され電子部品やチューブが乱雑にばら撒かれている。片付けの出来ない大学教授の研究室のようだ。


 だが、コウリンはそんな物を見ている余裕が無かった。

 情報端末が作り出した立体映像は、ジェーンの姿をしていた。


『やや、ミズハちゃん。という事は、コウリンが家政婦に成ってくれるのかな?』

「……ジェーン」

『ふっふっふ。この映像を見ている時、私は既にこの世に居ないだろう』


 家に居る時のように冗談めかした口調を崩さないジェーンに懐かしさすら覚えるが、それ以上に混乱も有る。ただの映像というにはジェーンは周囲の状況を把握している様子で、事前に録音していたものとは考え辛い。


『何々、コウリンてば私に会えて嬉しいの? いやぁ、愛されてるなぁ私』

「いや、何だコレ? え、通信?」

『違うよ。私は正真正銘のジェーン。といってもお兄さんと別れて、えっと3日か。そこまでの記憶しかないんだけどね』

「は?」

『ふふーん、驚いた? 驚いたかな? よしっ、説明してしんぜよう。ミズハちゃんが!』

「全く、このバカ娘は」

「娘!?」

「言葉のあやよ。アタシは処女」

『わぁお、大胆な告白』


 情報量の多さに混乱から立ち直る間も無いコウリンだが研究室に進んで行ってしまうミズハを慌てて追う。

 デスクトップ端末の前まで来たミズハは情報端末を電動車椅子から外し、端子をデスクトップ端末に繋いだ。


「百聞は一見にしかず。まあ見ていなさい」


 混乱したままのコウリンの前で、デスクトップ端末とサーバーから急速に冷却ファンの稼働音が鳴り出した。


『じゃ、ちょっと待っててね、お兄さん』


 ジェーンがそう言って雑に手を振ると情報端末から生み出されていた立体映像が消滅する。

 驚いたコウリンだが、ミズハが少しだけ軽蔑した目で下から睨んでいる。


「ジェーンに『お兄さん』なんて呼ばせているの? そういう趣味?」

「は? え? いや向こうが勝手に呼んでるんだ! てかオレより年上みたいなのに何で『お兄さん』なのか教えてくれないんだよ」

「……ふふ、ジェーンも人が悪いわね」


 ここまでの冷たい印象から少しだけ外れた微笑み。

 コウリンの事を警戒しているからの冷たい態度だったのかと思ったが、門番や庭師の反応を思い出すと素の可能性も有る。


「ああ、完了するわ。そっちの培養槽を見なさい」


 ミズハに示された方をコウリンが見れば部屋の奥、サーバーの裏に黒く濁った液体に満たされた培養槽が有った。

 床に散乱した電子部品やケーブルを物ともしない電動車椅子の挙動に驚いたコウリンだが、少しずつ濁りが薄くなる培養槽の中身を見て目を奪われた。


 培養槽の下から気泡が何度も吐き出されて濁りが薄くなる度に、培養槽を満たしていたのが黒いタールのような粘性の液体だと分かる。

 その液体が気泡によって透明な液体に入れ替わっていく。

 何度も何度も気泡が注入され、薄っすらと銀の長い髪を持った女だと分かり、直ぐに気泡で培養槽が満たされた。


「まさか、ジェーン?」

「あら、見えたの。まあ直ぐに分かるわよ」


 1分も掛からずに培養槽の中身は黒から気泡、気泡から透明な液体に入れ替わる。

 顕わに成った中身はコウリンが一瞬だけ見えたジェーン、その少し若い姿だった。


「これがジェーン。彼女は、メカニカント率100%。完全な機械の体なのよ」


 培養槽の液体が下へ降りて行き、やがて培養槽の中にはただジェーンが立つだけに成った。ミズハが培養槽に備え付けの操作パネルに指を走らせると培養槽のガラスが横にスライドして開く。

 培養槽から降りたジェーンは横に掛けてあったバスタオルを手に取って軽く体を拭いてから巻き付ける。髪は軽く拭いただけでまだ濡れており体や頬に張り付いている。

 そんな状態で、ジェーンは思い切りコウリンに抱き着いた。


「助けてくれてありがと、お兄さん」


 機械の体という割に、ジェーンの体は凄く柔らかかった。

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