2-5 ティエスちゃんは紹介する③

「こちらがおやっさん。ウチの整備長だ。いいか少年、整備小隊だけは敵に回すなよ。俺たち強化鎧骨格乗りが安心して戦えるのは、整備班あってこそだからな」


「エルヴィンです。よろしくお願いします」


「オウ、わりぃな。……とと。なんだ、ずいぶん慣れてるみてぇだな」


 あいさつ回り継続中のティエスちゃんだ。しっかしこいつほんと酒を注ぐのうまいよな。相手を見てちゃんと量を調節してやがる。気難し屋のおやっさんも感心したような様子だ。


「はい。母の仕事場で覚えさせられました」


「ほぉ、その歳でずいぶん覚えがいいらしい。ダディ・ペイラー小隊長だ。もし整備のことに興味があるなら、工場に遊びに来い。歓迎するぞ」


 おやっさんの目がグラサン越しにギラリと光るのが幻視された。エルヴィン少年に何やら光るものを見出したらしい。俺は嫉妬した。


「なんだぁ? 工場来いとかずいぶん気に入られたなぁオイ。俺が工場行くといつも叩き出されんのによ」


「何やったんだよあんた」


「隊長さんはいっつも面倒ごとしか持ち込まんからな。ひと月静かにしてくれただけでずいぶん仕事が減ったもんだ」


 エルヴィン少年の肩にガッと腕を回してからかってやったら、予想よりも冷ややかな視線がふたりから返ってきた。なんだよぅ。


「そりゃ、張り合いがなくて申し訳ないことしたな」


「ぬかしやがる」


 おやっさんは渋く笑ってジョッキを突き出す。こつんとささやかな乾杯をして、二人で杯を傾ける。これからも使い倒してやるからな。頼りにしてるぜ?


「それで例のセンバツなんだけど、おやっさんには同行してもらいたいんだわ。遠征組整備班の編成任せてもいい?」


「人数は?」


「機付きの整備に5人。輸送車の整備人員も含めて、総勢10人ってとこかな」


「少ねぇな……あんまり大掛かりなことはできんぞ?」


「あのねぇ、俺だって毎度毎度マシンをぶっ壊してるわけじゃないのよ? ちったぁ信用してほしいね」


 まるで信用ならんという目で見られて俺はちょっぴりショックを受けた。まぁ日ごろの行いってやつやね。かなしい。


「それと人員に関して、不足があれば向こうさんの人を使えってさ」


「いいのかい。やっこさんら、まず間違いなく盗みに来るぞ」


 おやっさんの目に剣呑さが宿る。朝起きたらスパナが一本なくなってたとかならまだ可愛いほうだ。奴らはもっと大変なものを盗んでいくことだろう。あなたの技術こころえとかね。


「技術交流も今回の遠征の目的の一つだそうだ。なんでまぁ、きちんと戸締りできるやつを選んで連れて行きたい」


「……わかった。三日待ってな」


「頼むよ。ま、今日は無礼講だ、仕事のことはいったん忘れて飲もうや」


「はん、仕事の話を振ってきたのはそっちからだろうが」


 おやっさんは呆れたような目で俺を見てから、グイっと盃の残りを干した。俺も負けじとグイっと行く。ふわふわしてきた。


「そうだっけ? ――ほら少年、おやっさんの杯がカラだぞ」


「えっ、あ、スンマセン! どうぞ」


「おうおう。坊主も苦労するだろうがな、この隊長さんの下にいれば、普段絶対に経験できないようなことが経験できるのは間違いねぇ。せいぜいてめぇの肥やしにしてやれ」


「……はい!」


 おやっさんがエルヴィン少年の頭をガシガシなでながら言った。されるがままの少年はどこかむずがゆそうだ。ずっと片親だったわけだし、父性を感じてるのかもしれない。おやっさん、そういうとこあるからな~おれもすき。


「っしゃ、乾杯しようぜ乾杯。われわれの前途に!」


「こいつだいぶ酔っぱらってんな?」


「みたいっスね……」


 二人の視線が生ぬるい。なんだよう。かんぱーい!


「かんぱーい。ほら、これ飲んだら行くぞ。まだまだ回るとこあんだろ?」


 エルヴィン少年が仕切り始めた。むぅ、なまいきな……。でも確かにまだあいさつ回りの途中だしな~しかたねぇな~。俺は杯を干した。しかしこの会場暖房入れすぎじゃない? 上着ぬいじゃお。


「わぁー!? なにいきなり脱いでんだあんた!? 脱ぐならせめてジャケットだけにしろ!」


 おっと、勢い余ってシャツごと脱ぎ掛けていたらしい。いいじゃんちゃんと下着はつけてるんだしさあ。俺はしぶしぶシャツを着なおした。


「まったく、どっちが保護者かわからんな」


 おやっさんは心底やれやれって感じで呆れている。むぅ。次行くぞ次!



///



「えー、こいつわぁー、なんだっけ?」


「さすがに失礼だろ!!」


「さすがに失礼じゃない!?」


 なんだおまえら、仲良しだなぁ。あれから数えて何人目だ? まあとりあえずこいつであいさつは終わりである。ねむい。


「おい寝るなおい! クソッこいつほんとに成人女性か!?」


「はぁ……もういいわよ。その辺に転がしときなさい。きっと隊員の誰かが持ち帰るから」


 ひどいなぁ、かりにも上司だぞぉ。スヤァ……


「あっ寝た。えぇ……? それってつまりそういうコト……です?」


「そういうこと。ここでは日常茶飯事だから早めに慣れちゃうことね。……わたし、第四小隊長のニア・テッテンドット。よろしくね、エルヴィンくん」


「あ、はい! よろしくお願いします、ニア小隊長!」


「お酒は良いわ。わたし、下戸だから。……それよりエルヴィン君、ちょっと聞きたいんだけど――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る