2-1 ティエスちゃんは拝命する


「ティエス・イセカイジン中隊長、現時刻をもって原隊に復帰します!」


「うむ。長らくの静養ご苦労であった。貴官の一層の働きに期待するぞ。ハッハッハ」


 長らくの静養に対してご苦労様とはこれいかに。皮肉ってわけでもなさそうなのがエライゾ卿のたち悪いとこだわ。半笑いになるティエスちゃんだ。現在基地司令殿に復帰のあいさつ中。退院から数えて三日後だ。この三日は部屋の引っ越しやら何やらでてんやわんやの日々だったのだけど、詳細については割愛する。


「さて、戻って早々で悪いのだがね。貴卿に新たな任務を命ずる。確認次第復唱したまえ」


「はッ! 失礼します!」


 ス、と机の上に差し出された大判の茶封筒を受け取り、封蝋を破いて命令書を取り出す。内容はA4サイズほどの紙っぺらが一枚。書面に目を落とすと、命令書、という表題の下に俺の階級と名前があって、短い本文があり、基地司令であるエライゾ卿のサインで〆られている。オーソドックスなスタイルの命令書だ。


「親善試合……でありますか。森域の?」


「うむ。近々、森域では統合暦50年を祝した祭典が開かれるのだ。知っているかね?」


「話だけは。新聞で読んだ限りでありますが」


 この世界、テレビもラジオもないが新聞はある。庶民でも手の出る価格帯で、情報源であると同時に貴重な娯楽だ。俺も朝刊のチェックは大学時代からの習慣で、軍に入って忙しくなってからもそれは変わらない。まあ任務の都合で読めない日もあるけどな。俺が取っているのは王国政府の下請け会社が刊行してる半ば官報みたいなやつだ。大衆紙に比べれば遊びは少ないけど、その分内容は幅広く信ぴょう性は高い。NHKみたいなもんだな。

 そんでくだんの森域統合府――すなわちエルフ・ドワーフ・オーク・ゴブリン及び多獣人種族統合府は、王国の東、大陸の2/5を占める広大な常葉樹海「森域」を縄張りとしていた獣人たちの寄り合い所帯だ。つい50年前までは部族間で血を血で洗う争いを繰り広げていたが、各部族の穏健派が協調し過激派を抹殺することで手を取り合い成立した国家である。穏健派……?

 今年は統合府として成立してから50年の節目を迎えるとかで、向こうは活気に沸いてるらしい。国境を接する我が国の新聞でも、それはそこそこの紙面を割いて報じられていた。


「うむ。そこで貴卿とその配下の者たちには、祭典のメインイベントである親善試合に王国陸軍代表として出場してもらう」


 ん?


「王国陸軍代表?? 基地代表ではなく????」


「いかにも」


「冗談キツイであります。小官、この基地の代表として選出されるくらいの自負は持っておりますが、国軍の代表という看板はいささか大きすぎるかと……」


「昨年の御前試合で準決勝にまで残った貴卿ならば、不足はないと思うが?」


 ぐぬう。御前試合というのは年にいっぺん王都で開かれる武技大会で、おおむね天下一武道会だと思ってもらっていい。去年俺はエライゾ卿たっての推挙もあり初出場し、なんやかんやベスト4入りという成績を収めた。我ながら多才で困っちゃうねほんとね。とはいえ俺はせいぜいが4位。メダルももらえない味噌っかすだ。もっとふさわしい連中はほかにいると思うんだよなぁ3人ほど!


「い、いやぁ。優勝なされたテッテンドット卿を差し置いて軍代表を張れる面の皮は持ち合わせておりませんので……」


「そのテッテンドット卿以下、ライヴン卿、ペネトレ卿の3名からなる連名での推挙である。王国近衛の任を離れるわけにはいかず、まことに惜しいが栄誉は譲る、とな」


 前回の大会で首位を独占してた王国近衛の3騎士が、そろいもそろってこちらに丸っと投げてきやがった。THE・たらいまわしである。これだからお役所は! 俺も丸投げしようかなベスト8の連中に……いや駄目ださすがにそれだと「格」が落ちる……。こ、ことわれねぇ~~!


「その顔ではどうやら諦めもついたようであるな。まあなんだ、物見遊山と思えばよかろう。はっはっは」


 はっはっはじゃねーんだわ! そんなお気楽旅行気分でいられるほど俺は図太くないんだわ。むしろ結構繊細なのよ乙女のハートってのはさぁ!

 俺は最後の抵抗を試みた、


「小官、バチクソに病み上がりであります。部隊ともひと月離れていたわけでしてェ……その、指揮運営にも影響が」


「うむ。ゆえにひと月の準備期間を設ける。ひと月ですべてのコンディションを万全の状態にまで復旧せよ。出立の日時はおって伝える。よろしいかな?」


 エライゾ卿はそのナイスミドルな顔面をにっこり笑みの形にしながら言った。こういう時によくある「しかし目は笑っていない」みたいな表現の入る余地がない完璧なスマイルである。よっぽど圧が強い。こういうえらい人たちの疑問符は質問じゃなくて有無言わせない命令のためにあるんだわ。俺はがっくりと肩を下した。


「了解しました。第一中隊はこれより、親善試合に向け一層の練度増強を図ります」


「うむ、励みたまえ」


 ちくせう。そういうことになった。

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