1-11 ティエスちゃんは見舞われる⑤

「はっはっは。というわけでな、不束な娘だがよろしく頼むぞ」


「冗談きついであります」


 タジタジなティエスちゃんだ。現在病室にてエライゾ卿と楽しく歓談中。……楽しく??

 体ももうほとんど動く。エライゾ卿はベッドの上でよいと言ってくれたのだが、さすがに申し訳なかったので固辞した。というわけで今は応接セットで向かい合っている。中隊長にあてがわれる病室は下手なビジネスホテルよりか上等だ。備え付けのお茶が安物なのはネックだけどな。


「ところでどうかね、参考書のほうは」


「進めてはおりますが、あまり芳しくはありませんなぁ」


 俺はしれっとすっとぼけた。正直なところ大隊長への昇進試験なんてのは受験できる時点で昇格が決まってるようなものだ。自慢じゃないがまっとうに大学を出てる俺からすると、今更頭に詰め込むようなことはほぼない。参考書といっても、せいぜいが心構えなんかをくどくど書いてあるていどのものだ。あとは詩歌とかの貴族的教養についても載ってるな。ポエット。


「ふむ、まあ今はそれでよかろう。だがしかるべき時が来たときには、覚悟を決めねばならんぞ。卿が他に替えられん人材であることを、卿自身で強く認識せよ」


 出世はごめんだが、ここいらで一番偉いお人にここまで言ってもらえたら俺でも面はゆい。しかるべきときがずっと後に来ることを願うばかりだ。俺がくたばった後とかね。ひとまず俺は敬礼でもって応えた。


「はっ! 肝に銘じておきますっ!」


「よろしい」


 エライゾ卿はにかっと笑ってから、茶請けに出した豆の炒ったやつを口に放り込んだ。ポリポリと小気味良い音が病室に響く。病院の売店で売ってる安い奴だが、嫌な顔一つしないところに器量の大きさがうかがえる。


「話は戻りますが、しかし本当によろしいのでありますか? そりゃ、愚弟はひいき目抜きで優秀ですしルックスも抜群ではありますが、家格という一点であまりに差があります。とても姫様をお迎えできるような家では……」


「ふむ、貴卿も心配性であるな。私はもとより、アリナシカをヒョーイに嫁がせることは家内の総意である。それに家格にしても、貴卿のおかげで何の問題もない」


「はぁ、小官の?」


 おれははて、と首を傾げた。家格を覆せるようなこと、なんかしたっけ? とんと覚えがないのだが……。


「貴卿は士官階級であろう? ティエス・イセカイジン騎士爵」


「ぐえーーっ!?」


 俺は火を噴く顔を両手で覆ってのけぞりながら奇声を発した。いや、ちゃうんですよ。これは元からじゃなくて俺が付けたやつなんよ。もともと辺境村の生まれに苗字もちなんておらんからね。叙勲されるときに総務の奴が家名がないとだめだっていうから、冗談のつもりで提案してみたらそれを聞いてたエライゾ卿のツルの一声で決定しちゃったDQN苗字なのだ。恥ずかしいね。


「一代限りではあるがイセカイジン家は貴族である。位の違いは多少あれど、最低限度の格はあるわけであるな。あとは貴卿がさらに功を挙げ、準男爵にでもなってくれれば、私としてもいうことなしなのだがね」


 チラチラすんのやめてマジで。どうも然るべき時がそう遠くないうちにやってきそうでティエスちゃんこわーい。

 とはいえ騎士爵は地方領主が王の代官として任命する権限があるが、準男爵はそうもいかない。向こう三代に渡って禄を食むことになるわけだし、王の裁可が必要になる。しかも宮廷貴族の皆さんは辺境の元平民が成り上がるのをよく思わない方ばかりなので、まぁこの手の申請が王まで届くことはない。エライゾ家は辺境を任される立派な家だが、文官連中のアタマを飛び越えて王に話を繋げられるほどのパイプはない。要するにさほど心配はいらないということだ。


「……ハハッ」


 その結論に0.5秒足らずで至った頭脳明晰な俺は軽く笑い飛ばした。冗談がお上手ですこと。エライゾ卿は何も言わずにナイスミドルな微笑みを浮かべている。こわぁい。


「ところでまた話は変わるが、体の方はもういいのかね?」


「はい。経過観察が終わればすぐ退院だそうで」


「そうかそうか。それは良きことであるな」


 エライゾ卿ははっはっはと短く笑った後、そのままの調子で続けた。


「休んだ分、しっかり働いてもらうぞ、ティエス中隊長。貴卿に任せたい仕事が山とあるからな」


「ハッ! 復帰後は以前にまして全霊をもって励ませていただきます!」


 内心ウヘェと舌を出しながらも、表面上は勇ましく敬礼で応える。エライゾ卿には内心お見通しだろうが、表に出していなければそれを咎めるようなお人ではない。


「うむ、よろしい」


 エライゾ卿は鷹揚に頷いたあと、席を立った。見送ろうとする俺を片手でやんわり制止したエライゾ卿は、壁にかけていた山高帽を被ると、ふと思い出したように振り向く。つばで半分隠れた瞳はどこか剣呑な色を持っているように見えて、俺は嫌な予感がした。


「そうだ。言い忘れていたが、駐屯地宿舎の部屋割りが変更になったのでな。近く知らせをよこそう。ふむ、そう嫌な顔をするものではないぞ。はっはっは」


 軽快な笑い声を残して、エライゾ卿は去っていった。俺はどこか薄らぼんやりとした不安を覚えながらも、残ったお茶請けをざらざらと口へ放り込んだ。

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