1-3 ティエスちゃんは手術中

 この世界の魔法とは、主に四つの要素――四大元素魔法に大別される。されるのだが、その本質というのは結局、万物の素とされる超物質エーテルを操作することで様々な現象を人為的に発生させるテクノロジーだ。

 つまり「エーテルをいじる」という大本の行為は一緒だが、起きる現象によって四つの種類に分けている、という感じだな。


「それではこれより、全身35箇所の違法整復跡を全部折ってつなぎなおす手術を始めます。ティエス中隊長殿、よろしいですね」


 薄青緑色の手術着をまとった件の女医が宣言した。

 ちょっと直截すぎじゃねぇ? もっとこう専門用語とか使ってさぁ……まあいいや。俺はしぶしぶ頷いた。

 続きだ。四大元素魔法ってのは、火魔法、水魔法、風魔法、土魔法の四つを指す。一般に、習得が簡単な順は火→(才能の壁)→水→土→(越えられない壁)→風とされてるな。俺は6歳で土魔法の認可を取ったワケだけど、これがまぁ、我が事ながら結構すごいことなわけで。前世分の知識プールがあったとはいえ、この世にゃ何十年挑んで結局認可を取れない魔法使い崩れなんてごろごろいるわけだし。

 あ、ちなみに認可ってのは、筆記試験と実技試験をパスすることでもらえる、いわゆる免許だ。これを持ってるとちょっと実いりのいい職に就けたり、王都の大学に入学できたりする。


「はーい。手足固定しますねー。きつかったら言ってくださいねー」


 間延びした声の手術助手が、その声に反比例するような手際でてきぱきと俺の体を手術台に固定していく。やめろぉショッカー! ……こっちじゃ誰にも通じんか。

 さて、それぞれの魔法について詳しく見ていこう。

 まず、一番習得が容易とされている火魔法。ちょっとややこしいのが、「火」魔法とついている割に別に火を出すだけが火魔法ではないという点だ。これは他の3つの魔法にも共通して言えることだが、表題になっている現象とその本質は必ずしもイコールではない。

 火魔法の本質は、「エネルギー操作」だ。エネルギー保存則を無視できるエーテルを介して、任意の点のエネルギーを上げたり下げたりする。だからひとえに火魔法使いと言っても、額面通り火を出す奴もいれば反対に氷を出す奴だっているわけだ。認可をもらうには両方出せないと話にならないけどな。

 つぎ、水魔法。シャランの野郎……いや野郎ではないか。あのアマの得意分野だな。水魔法の本質は、「状態変化」だ。エーテルを介して物質の組成に干渉して、その三態を自在に操ることができる。火魔法と違うのはエネルギー操作によらずに物質の状態そのものを弄る点で、極低温の液体金属だとかあっつあつの氷なんかを作ることができる。つまり固体を常温のまま液体にできたりするから、ターミネーター2のT-1000みたいなこともできる。まあ生物相手にやったら対象の生命活動は停止するわけだが。

 俺の十八番、土魔法の本質は「物質生成」だ。万物の素たるエーテルをそのまま他の物質に置換するわけだな。この世界にはどこにでもエーテルが満ちてるから、ほとんど無から有を作り出すことができる。等価交換もクソもない。錬金術も真っ青だ。ちなみに貴金属の製造は王国によってめちゃくちゃ厳しく取り締まられてるから、迂闊に密造金なんかを作って流すと人生を捨てることになる。こわやこわや。

 最後、風魔法だが、これがやや説明しづらい。というかほかの属性に分類できない現象をぶち込んでるだけとも言えるわけで、まあこの世界における魔法の解明度なんてのは元の世界の科学のそれに近しい。つらつら解説した魔法の作用にしたってすべては説でしかないのだから、今後どんなブレイクスルーがあるかもわからんわけやね。俺も軍に入らず大学に残ってたらその辺詳しくやってたかもだけど、今は門外漢だ。

 で、風魔法な。いちおう本質は「領域操作」だとされてる。習得難易度が最も高いのは、この説明しづらさに起因してると思うんだよな。風魔法使いはある特定の範囲のエーテルを励起させて、その特定範囲内において様々なをさせる。例えば簡単なものならエーテル境界面で断層を作って結界バリヤーを張るだとか、高度になってくると領域内の時間の流れを停滞させるだとか、あるいは加速させるだとか。そういうコトができる。まぁ、いかにエーテルが万物の素だといっても万能というわけではないようで、時間を戻すことはできないんだけどな。


「それじゃあ麻酔かけますねー。怖くないですからねー。魔法防御といてくださいねー。意識がぼんやりしてきたら、そのまま寝ちゃっていいですからねー」


 俺の頭に手をかざしてる手術助手も風魔法使いだ。生物の脳内のエーテル伝達を阻害したり操作したりして、催眠術的なこともできる。もっとも俺くらいの魔法使いなら簡単にレジストできるがね。


「あれ、ティエスさん結構緊張してます?」


 自分の魔法がことごとくレジストされていることに気づいた手術助手が、俺の顔を覗き込んでいる。


「そりゃそうだろこれから全身の骨をぶち折られるんだぞ」


 俺はもごもごと吼えた。口には舌をかまないように猿轡がかまされている。手術助手はマスクで隠れていない目元を少し困ったようにさせてから、患者を安心させるように優しげな声で言った。


「魔法防御といてもらえないと、注射で麻酔することになりますよー。こーんなでっかいやつ」


 俺は即座に魔法防御を解いた。スヤァ……。

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