弱小国家の英雄王子【旧題】弱小国家の英雄と呼ばれる王子ですが、さっさと国出てトンズラしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!〜いや、マジで〜

楓原 こうた【書籍5シリーズ発売中】

第一皇女護衛戦

プロローグ

 ファンラルス帝国。

 ルーゼン魔法国家。

 イルムガンド神聖国。

 ラザート連邦。


 武力、魔法、正義、技術力。

 それぞれに長けた大国が大半を占める大陸に、一つの小国があった。

 資源が豊富なわけでもない、国民が多いわけでもない、財力が凄まじいわけでもない。

 吹けば今にでも飛んでしまいそうなその国は四つの大国と国境が隣接しており、まるで囲まれているかのような場所に位置している。

 そのおかげもあってか、小国の戦争頻度はかなり多い。

 何せ、狙っても大した報復はされず、安易に領土を広げられるからだ。

 故に、小国は二百年という歴史を持ちながらも徐々に領土を減らしていった。今では『弱小国家』と揶揄されるほどに。


 しかし近年、領土の減少もピタッと止んだ。

 それどころか迫る大国を退け、徐々に賠償という形で大国から色々なものをもらうようになっている。

 その理由は至って単純───戦争に勝ち始めたからだ。


 どうして、近年急に勝利を挙げ始めたのか?

 それは、一人の青年が小国の軍の長になったからである。


 一国の王子でありながら最前線へと立つ、世界でも希少な魔法を極めた魔術師。


 その存在は、今や大陸では知らぬ者はいない。

 何せ、大国の軍勢を相手に一度の敗北もなく勝ち続けているのだから。

 もはや小国にとっては『英雄』。日夜戦争に怯えていた国民にとって、彼がいる限り安泰であると信じて疑わなかった。


 ウルミーラ王国、第二王子。

 そんな国民から英雄だと持て囃されている青年は───


「国出てトンズラしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 ……嘆いていた。

 それはもう、本心から思っているのだと伝わってくるぐらいには。


「戦争戦争戦争戦争……俺は王子だぞ!? なのにわざわざ自ら戦場ど真ん中最前線でドンパチヤッフーって頭おかしいんじゃねぇの!? っていうか、戦争の頻度多すぎだろうがボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 安心安全防音完備、夫婦の営みもバレることがありません! が売りの王城の一室にて、短く切り揃えた金髪の青年は叫ぶ。

 もはや毎日の日課のように叫ばれる言葉は周囲に届くことはない。

 建築屋さんの粋な計らいが彼の奇行を食い止めていた。


「朝から騒がしいですね、ご主人様。毎度毎度叫んで、飽きたりしませんか?」


 外にいる人間には聞こえないだろうが、中にいる人間には届く。

 上品な所作で紅茶を淹れるメイドの少女は、主人の奇行を見ても平然と様子を変えなかった。

 サイドに纏めた桃色の髪、透き通った翡翠色の瞳。あどけなくも端麗すぎる顔立ちは、思わず目を惹かれる。

 加えて、どことなくお淑やかな雰囲気が彼女の美しさをより一層引き立てていた。

 品位の欠片という基準であれば、叫んでいる青年よりも少女の方がよっぽど王族らしい。


「飽きたよ!? 時々「俺って何やってるんだろうなー」って思うぐらいには飽きましたけども!?」

「でしたら───」

「それよりも、国出てトンズラしてんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 ウルミーラ王国第二王子───アレン・ウルミーラ。

 今日もまた、国からのトンズラをご所望である。


「いいではありませんか。今やご主人様は国の英雄……数々の戦争で活躍され、勝利を手にしてきました。そのおかげで、メイドの私も鼻が高いです。ふふっ、いつかメディアの街頭インタビューを受けてしまうかもしれませんね」


 メイドの少女───セリアは淹れた紅茶をアレンの前へと差し出す。


「王子の傍付きメイドの時点で普通は鼻が高くなるもんじゃないの?」

「実績ない王子の傍付きなど……とてもとても」

「え、普通に酷いこと言ってんだけどこの子? さり気なく王族ディスってない?」

「ご安心ください、ご主人様以外の王族の方々はしっかりと尊敬しております」

「その枠組みに俺は入ってねぇの!? 文字通りこんなに命張って頑張ってんのに、俺だけ評価のハードル高くありませんかねぇ、セリアさん!?」

「ふふっ、ご主人様はですので」

「え、それって尊敬の意じゃねぇの?」


 何が違うんだ、と。アレンは首を傾げる。

 セリアを見ても「ふふっ」とお淑やかに笑うだけで、結局何が違うのか分からなかった。


「とはいえ、話を戻しますが……どうしてご主人様は軍の長を嫌がるのでしょうか?」

「逆に命の危険渦巻くパーティ会場に招待されてスキップで行く奴とかいんの? 名誉と武勲を誉れにするご老体じゃねぇんだぞ、こっちは。俺は名ばかりの称号より身になることがほしい」

「具体的には?」

「言い難いが女だな」

「言い難いのなら一瞬でも言葉に詰まったらどうです?」


 至極真面目に口にするアレンに、セリアはため息を吐いた。

 どうして主人はこんななのかと、落胆を隠し切れない。


「いいか、お兄さんがいいこと教えてあげよう! 戦争なんてしている暇があったらその分自由な時間が確保できる! 今まで溜め込んだ金はたんまりあるから、そのお金を使って娼館に───」

「あ゛?」

「行けるけど関節がァァァァァァァァァァァァッッッ!!!???」


 突如走る腕の痛みに今日何度目かの叫びを上げるアレン。

 その原因は、滑るように背後に回って腕関節を綺麗にキメたメイドによるものであった。


「はぁ……いくら温厚な私でもレディーのいる場でその発言は許せません」

「よ、よぉーし、お兄さんがもう一ついいことを教えてあげよう……具体的には、温厚って言葉の意味について」


 何度か腕をタップするアレンをセリアは仕方なく腕を離す。

 頬を膨らませてとりあえず許してくれたセリアを見て、アレンは痛そうにあらぬ方向へと曲がった関節をさすった。


「と、とにかく、俺は軍のトップなんか辞めて国出て隠居したいの。なんで好き勝手に遊びに誘ってくる他国のお偉いさんのお相手にならなきゃいけねぇんだよ。向こうさんは紅茶を啜りながら観賞しているだけかもしれんが、こっちは剣と魔法を向けられながらステージに立って愉快なライブだぞ」

「それが戦争ですよ。戦うのはいつも小さな兵隊蟻さんです」

「王子の俺がどうして蟻ん子なのかを疑問に思おうぜ、セリア?」


 重鎮も重鎮。守らなければいけない筆頭がどうしてせっせと蟻とキリギリスの蓄えを探しに行くのか?

 アレンは毎度毎度、そのことに涙を隠し切れない。


「今ご主人様がいなくなってしまえば、あっという間に王国は地図から名前が消えてしまいます」

「そこはほら、超強くて可愛くて優秀なメイドさんが頑張ってくれる方向で……」

「私は一介のメイドですよ? ご主人様をお守りするのが役目……というより、ご主人様が逃げたら私も一緒に逃げます♪」

「わぁー、うれしー……メイドの愛が退路を塞いでくるぅー」


 アレンは疲れたように机へ突っ伏す。


「あぁ……国出てトンズラしてぇ。そんで女の子と遊びまくりてぇ」


 そんな「行きたくない」オーラぷんぷんの主人を見て、セリアは奥の机から一枚の紙を手に取った。それをアレンへと手渡す。


「では、そんな働き蟻さんなご主人様に一つご報告が」


 とりあえず、アレンはその書類を受け取って目を通す。

 そしてみるみる内に顔が青くなり……もう一度、アレンの叫びが室内に響き渡った。


「ラザート連邦の兵士五千人が王国の領土に向かって侵攻中とのことです。さぁ、ご主人様───?」

「ファァァァァァァァァァァァァァァァァァァック!!!」



 ───これはとある弱小国家のお話。


 英雄だと持て囃される(トンズラしたい)第二王子が、多くの国にその名を(不本意に)広めていく物語である。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


次話は18時過ぎに更新!


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