第8話 うれしい労働対価
村長が、間もなくキャラバンが来る時期だと言い始めてから一週間か十日くらいが過ぎていた。だがちっともキャラバンが現れる気配はない。どういうものなのか自体判らないのだが、移動販売と言うくらいだから街道から来るのだろう。
もう楽しみすぎて、ミーヤは毎朝北の櫓(やぐら)へ登り、街道の先を確認するのが日課になってしまったくらいである。
さらに数日たったある日、馬に乗った見知らぬ人がやってきた。その人は村長の家へ入ったのだが、それはキャラバンの到着予定を知らせに来た早馬というものらしい。
「現在ブッポム様のキャラバンはあと二日のところまで来ております。
これが今回の価格表ですので事前にご確認ください。
それとは別に特買リストもございますので、到着までの間も頑張ってくださいませ」
そう言い残して早馬の使者は戻っていった。
「ふーむ、麦の買取は少し下がっているのう。
薬草は微増、ほかは変動なしだな。
特買品は…… おお、ミーヤ様、鹿の角が高価買取対象とのことですぞ!」
「やった! それじゃ今日から牡鹿狙いだね。
馬が捕まらなかった分、頑張らなくっちゃ!」
この数日前に初めて見かけた馬は、足が速くて追いつかなかったのだ。あれをどうやって調教すればいいのだろうか。矢でも撃ちこんで足を止めるくらいしか手はなさそうだけど、死んでしまったら売ることができなくなる。
「これでやっとお砂糖が買えるわ。
もうずいぶん前に切らしてしまっていたから。
お父さん、塩も多めに買ってくださいね」
「そうだな、塩不足は体に悪影響が出るから切らすわけにはいかん。
腐るものでもないし大目に買っておこう」
今まで何の気なしに使ってきた調味料もここでは貴重品だし、生きていくうえで必須なものでもあるのか。私がもっと頭いい人だったなら何かできたかもしれないのに、生前の知識で生かせそうなものが何もないのが悔しかった。
学生時代に熱中していたものなし、理系を避けて生きてきたけど文系を名乗るほど賢くもない。卒論は象形文字の世界分布について、というなんの役にも立たないものだった。しかし今更過去を悔いても仕方がない。なんといっても、それらを繰り返さないことを誓ってこの世界へやってきたのだから。
キャラバン到着日の連絡があったことはあっという間に村中へ広がり、なんとなくみんなそわそわしてるように感じる。やっぱり、機会の少ない外部との接触は楽しみなのだろう。
狩りに出かける時間になって現れたトク爺やミチャも例外ではなく、全員が牡鹿を探すと息巻いていた。もちろんそれはミーヤも同様で、このチャンスを逃してなるもんかという殺気立った雰囲気で全員が森を目指すのだった。
結局そんなにうまいこと行くはずは無く、新たに牡鹿が見つからないうちにキャラバンは到着した。村長の誘導で神殿裏の広間へ荷馬車隊が並んだところは壮観である。初めて見る荷馬車はとても大きくて圧倒されてしまう。
やがて中から人が降りてきたが、あの作りの良さそうな服を着ているのがキャラバンの主だろう。他にも売り子らしい女性や体格のいい男性も降りてきて村長へ挨拶していた。
男性たちは村長の後ろからついていったが、しばらくすると大荷物を抱えて戻ってきた。あれはきっと村から売却する羊毛や麦だろう。彼らはキャラバンの店員ではなく、力仕事をするための作業員と言ったところか。
キャラバンが来ている間は狩りも農作業も早仕舞いが基本らしい。広い店内があるわけじゃなくても、珍しいものを見て回るのには時間をかけたいし、あれこれと悩む時間も楽しいものだとの気持ちを汲んだ措置だと聞かされた。
狩りへ出ていた私たちも大急ぎで帰ってきて、いつもより手早くウサギや鳥を捌いた。いつもならマールたち料理担当がそばにいて、捌いた先から下ごしらえを始めるのだが今日は姿が見えない。もしかしたらキャラバンへ品定めに行っているのかもしれない。
しかししばらくたつと米袋くらいの袋をいくつか抱えて戻ってきた。
「ミーヤ達、もう帰ってきたんですね。
さっき塩と砂糖を買ってもらったから、今日はいつもよりいい味付けが出来そうよ」
その言葉を聞いてミーヤは恥じた。わずかだが、マールに抜け駆けされたと考えていたからだ。だがマールはそんなことする子じゃない。そんなのわかっていたはずなのに、自分が楽しみにしているから誰もがこぞって駆けつけたのだと思ってしまったのだ。
「ああ、ごめんなさい、マール。
私ったら、あなたが一足先にキャラバンを楽しんでいるのかもって思っちゃった。
そんなこと考えた自分が恥ずかしいよ……」
「別に気にすることじゃないわ。
だってミーヤにとっては初めてのキャラバンだもの。
楽しみにしすぎて舞い上がってるのでしょ」
そして二人は顔を合わせてから吹きだしてしまった。ミーヤは、マールとは日に日に仲良くなっていると感じて幸せだった。初めての親友と言っていいかもしれない。
「そうそう、後片付けが終わったらお父さんのところへ行ってくれるかしら。
鹿の角の代金を受け取りにね」
待望の現金収入! 今までは使える場所がなかったのでまったく興味がなかったが今は違う。何がいくらくらいなのかわからないけど、何かしら買うことはできるだろう。もしまったく足りないようなら…… 洋服だけ村の予算で買ってもらうことにしよう、そんなことを考えていると、作業する手はさらに早くなるのだった。
ようやくすべてを捌ききったので、神殿へ戻って手を洗った。もちろん水の精霊晶を呼び出して、だ。こうやって日々使っているだけでスキルが少しでも上がってくれればいい。上がらないスキルは今のところ必要ないと考えてもいいだろう。
手を洗い終わったミーヤは、緊張しながら村長の家に向かった。するとすでに数人並んでおり、それぞれが自分の分を受け取っているようだった。この時初めて知ったのだが、キャラバンへ売却した代金からいくらかを村でプールし、残りは全世帯で分配しているとのことだ。
つまりちゃんと働いていればお金も貰えるし、もちろんキャラバンが来た時には好きな物を買うことができる。作業服や食料など最低限の分は村から支給されるが、個人的に欲しいものは自分で買うこともできる仕組みだった。
じゃあそんなに焦って稼ぐことを考える必要はなかったと思ったミーヤだったが、ミーヤには分配は無く、その代わりになんでも好きな物を買ってくれると言っていた。そもそも普通の村人は自分で家を建てたり生活用品をそろえたりしているのだ。それに比べてミーヤの扱いはなんと恵まれたことか。
そしてその恵まれているミーヤの順番が回ってきた。村長がスマメを使って現金を渡してくれるのだが、その金額に驚いてしまった。
「こんなに貰っていいの?
とは言っても始めての収入だから、これが多いのか少ないのかわからないけど……」
「もちろんです。
鹿の角二頭分ですからこれくらい当然です。
それに今回は特買品だったので多くなりましたな」
「なるほどね、じゃあこれでなにか買い物できるか見に行ってくる!
村長さん、ありがとう」
ミーヤは嬉しそうに手を振りながら村長の家を出て行った。なんと言ってもはじめての肉体労働で得た初めてのお給料だ。嬉しいに決まっている。
そう言えば七海が就職して初めてのお給料が出た日、帰りに鉢植えのお花とケーキを買って帰ったっけ。両親がとても喜んでくれたことを思い出すと涙ぐみ、心の中で祈るようにつぶやいた。
『お父さん、お母さん、私は少し見た目が変わってしまったけど元気で楽しくやってます。
だから安心して天国から見守っていてください』
少し感傷的になってしまったミーヤだったが、今や立ち直りも早い。頭にはすでに別のことが浮かんでおり、マールはきっと調理小屋だろう。いつもより多めに塩が使えるらしいので、今日の夕飯はいつもよりも楽しみだ、などと考えていた。
初任給? を受け取りキャラバンへ向かって勢いよく走りだしたミーヤだったが、村長宅の前にある神殿の裏側にある広場で店が開かれているので、それはもうあっという間、一瞬で到着したのだった。
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