ロシュ国(4) 昔話と試食

 ヴィラではなく、森から一時間ほど歩いたところにあるロロガの街の宿までふたりを送り届けた先生と私は、その足で街に住む三ツ星プリュスのエルシュカ・ターラのところへと向かった。ロロガで薬屋を営む彼女へ、ひどい体験をしてなおまだ狩人リエレを志す二人の見習いを託すためだった。


「……そういうわけだ。よろしく頼むよ」

「アシュティさまにお願いされたら断れませんね。私が責任を持ってお預かりいたしましょう」

「君が狩人リエレに不向きだと判断したら訓練を打ち切ってくれて構わない。彼らに、道は決してひとつではないのだと教えてやってくれ」


 それだけ言うと先生はさっさと出ていってしまった。エルシュカは腰のあたりまであるふわふわの赤毛を揺らして何度も頷いている。あまりに嬉しそうに緑の瞳を輝かせていたので理由を聞くと、先生の妹弟子であるエルシュカは大きな体を愉快そうに震わせながら昔話を語ってくれた。まだ先生が星無し狩人リエレの頃の話だった。


「アシュティさまは学者になりたかったけど、貧しかったからお金の稼げる狩人リエレになるしか無かった。そこまでの話はルルイもよく知ってるわよね。あの言葉は、狩人リエレの資格試験を受けるべきか迷っていたアシュティさまに師匠が言った言葉なの」


 狩人リエレの資格を得られれば依頼がもらえて食べていける。だが、本当にしたいのは生き物を殺すことではなく生かすことなのだと言い、アシュティ先生はなかなか試験を受けなかった。「道は一つではない」という言葉は、そんな先生の迷いを断ち切るようにふたりの師匠が送ったものだったという。


「『殺す方法を知れば生かす方法がわかる。生かすことのほうがずっと難しい。だから多くを学びなさい』と師匠はよく言ってたわ」


 その言葉を聞いて、アシュティ先生は狩人リエレと魔法生物学者の両方になることを決めたのだと言う。二ツ星ツァーリス以上に合格すると危険生物生息区域に入る許可がでるので、一発で飛び級合格してやると息巻いていたらしい。

 有言実行で見事二ツ星ツァーリスの資格をもぎ取った先生は大陸中を飛び回る狩人リエレとなり、各国の王から信頼を得ていった。史上最年少で四ツ星ハイヴィスまで上り詰めた先生は功績を認められ、数年ロシュ国の王立魔法生物研究所に所属することを許された。そうしてアシュティ先生は異色の狩人リエレ兼魔法生物学者として名を知られることになる――それが先生の歩んできた道だった。


「ルルイ、アシュティさまをよく見ててあげてね。危険な道に突っ込んでいってしまわないように」

「先生の強さはエルシュカさんもご存知でしょう?」

「アシュティさまは師匠に一番似てるから心配なのよ。いつか誰にも何も言わず、どこかに行っちゃいそうで……だからルルイがしっかり横で見ててね。あんたがいればアシュティさまは無茶をしないから」


 両手をとってぎゅっと握りしめられ、私は少し引き気味に頷いた。先生とエルシュカの師匠は十三年前、突如姿を消したのだという。誰にも行き先を告げることなく。それから彼女を見かけたという人はおらず、今ではどこかで亡くなったのだろうという人も多いそうだ。


「さ、昔話はここまでにして、私の弟子になる子達とやらを迎えに行こうかしらね」


 一瞬湿っぽくなりかけた空気を振り払うようにエルシュカが店を閉める準備を始める。すっかり日の落ちた空には星が輝き始めていた。


 東の空を駆ける猟犬の鼻づらで白く輝く二ツ星ツァーリス。西の空で天に吼える大獅子の胸元で赤く瞬く三ツ星プリュス。北の空では戦乙女が伸ばす手の先で四ツ星ハイヴィスが青く煌めき、天の中心たる五ツ星ファルカが星々の運行を見守っている。夏は狩人リエレの星がすべて見える季節だ。いつか自分も星々の名を関する狩人リエレになれますように――胸の内でそう願いながら、私はエルシュカとともに宿へと向かったのだった。

 

◆ ◆ ◆


 無事にふたりをエルシュカに託したあと、先生と私はロシュ国に向けての旅を再開した。道中、彼らの元師匠ハーリヤがどうなったのか気になって先生に聞いてみたところ、一週間ほど森の中につるされてすっかり弱っているところをエルシュカが回収したらしい。人体実験に子供の誘拐、毒薬の密売と悪事の限りを尽くした彼女は狩人リエレ専門の治安維持官へ引き渡され、取り調べを受けている。先生の見立てでは組織的な犯行の可能性もあり、かなり念入りに詳しく調べられるとのことだった。


 ロシュ国までの道中、群生地の調査は一か所を除いておおむね良好だった。そのため特に特筆すべき場所のみ記載する。


 去年群生地を訪れた際に乱獲者の一団とひと悶着あったルヴァム(注:一時麻痺の解呪に使用する。多量に使用すると幻覚を引き起こす)の数は回復傾向が見られた。


 アミアン(催眠魔法の解呪に使われる)群生地は噂で聞いたとおり、ここ数年の魔力マナ変化により約五割が枯れてしまっていた。魔力マナを大量消費して求愛活動を行うビビーチョウ(注:求愛時特殊な声で鳴くためにマナを消費する鳥。ペット用で多くロシュ国やイルシュ国に輸入されている。極彩色の羽が特徴)が逃げ出し、この群生地の近くで繁殖していることが原因である。


 ちょうど訪れた時期が繁殖活動時期だったため、調査中に昼夜問わずビビーチョウが鳴き続けているのはなかなかに厳しいものがあった。一羽がさえずっている分には美しい声に聞こえるかもしれないが、大合唱となると耳栓をしていても突き抜けてくるほどの音量だ。大量繁殖の一因として、繁殖時期の大声が近所迷惑になり、飼いきれなくなって森へ逃しに来る人が年々増えているらしい。


 騒音に困っていた私を見かねたのか、調査一日目の終わりに先生が消音魔法を教えてくださった。早速実践してみたが、最初は効果が弱すぎてあまり効果がなかった。二回目は強めにかけてみたら一時間ほど全く何も聞こえなくなってしまい、調査を一時中断せざるを得なかった。視覚や聴覚に関わる魔法の制御は難しい。


 気を取り直して調査内容の記述を続ける。ビビーチョウは体の中に取り込んだ魔力マナの種類によって羽の色が変わる鳥である。火の魔力マナなら赤色、水の魔力マナなら青色といったふうに変化し、より多くの色を持つ雄が求愛に有利だとされる。アミアンの群生地は火山が近く、湖にも接している。森には風の魔力マナが満ちるので、多種類の魔力マナを必要とするビビーチョウの繁殖地として条件を満たしていたようだ。近く、国からの調査団が派遣されるとのことなので、本格的に環境改善を行われることを期待する。


 余談だが、せっかくの機会なのでビビーチョウを捕まえて食べてみた。鶏の半分ほどの大きさであまり肉の量は多くないが、不味くはなかった。


 臭みがあるのは羽が赤系のビビーチョウで、がっつりスパイスをかけてステーキにするか、下茹でをしてからカレーに入れるととそこそこいける。青系は淡白な魚っぽく、香草と共にソテーにすると美味しい。緑系が一番鶏肉に近い味。ふわふわで脂が乗っていて、そのまま焼くだけで美味しかったのは二色以上の色が混ざりあったビビーチョウだ。


 いっそ食用鳥として売りだせば、数を減らす手助けになるのかもしれない。

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