純愛とはガラスを素手で握るようなものである

色川ルノ

第1話

 竜胆達也りんどうたつやは、高校の午前中の授業中ため息ばかりを吐いていた。今日はヴァレンタインだ。一年で最も胃がキリキリする日のうちの一つ。他はホワイトデーやクリスマス、あとはあの人の誕生日などだ。あの人は文武両道、質実剛健、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と言った感じ。決してチャンスがないとは言い難いが、あの人は俺を家族としてしか見ていないのではないかと思う。


「こら竜胆……聞いているのか?」

「はい……すみません聞いていませんでした」

「熱力学第二の法則は?」

「高温から低温への熱の移動は不可逆で、その逆の変化を起こすためには外からエネルギーを与えなければならない……です」

「勉強ができるからって内申が良くなるわけじゃないからな。ちゃんと授業に集中しなさい」


 それにはうなずくだけで返事をせず、達也はまた憂鬱な気分になった。もうあと少しで授業という退屈な時間ともおさらばだ。早くあの人に会いたい。達也は思いの丈を募らせた。

 キーンコーンカーンコーンという授業の終わりを告げる音。物理の授業は終わり、担任の音林響子が物理の教師と入れ替わりに入ってくる。


「じゃあ、ホームルームを始めますよ」

「ううん、その前に今日はヴァレンタインデーですね。チョコをあげた人、チョコをもらった人は気分が有頂天でしょうね。逆の人たちはご愁傷様です。だけど天使はここにいる。みんなに一個ずつチロルチョコという名の本命の義理チョコを配りますからね」


 クラス中がざわつく。チョコをもらえなかった男子は音林の義理チョコでほんの一欠けらのプライドが保てるようだ。なんだそのクソみたいなプライド。そう達也は吐き捨てた。


「竜胆君……? 先生の本命の義理チョコはいらないんですか?」

「もらって損するものじゃないのでもらいます」

「その感じは好きな子からチョコをもらえなかったって顔をしていますね」

「…………」

「高校生の恋愛は打算がなくて素敵ですね」


 そう言って音林はきなこ味のチロルチョコを置いていった。テキトーにその辺のドンキとかでまとめ買いしたんだろうな。なにが本命の義理チョコだ。あの人からの本命のチョコが当たり前だった中学生に戻りたい。


 そうあの事件さえなければ……きっと俺たちは結ばれていたはずなんだ。

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