第36話:幼馴染がおかしい


 麗華は俺から奪ったビニール袋を胸に抱えるとクラスメートの元へと向かう。その後ろ姿を見送って田川と目が合った。


「……ねぇ、今の」

「おう」

「竹下さんってあんな風に笑うんだね」


 な。俺もびっくりしたわ。最近は本当に見た覚えがない。最近の麗華の笑顔といえば、おしとやかなものばかりで。例えるならふふって感じかな。

 あんな無邪気な笑顔、すっかり忘れていたよ。


「クールビューティのあの笑顔はさぁ、やばいよね」

「お、田川はあーいうのが好きか」

「じゃなくてもちょっとドキっとするでしょ」


 昔はあーやって笑ってたんだぜ。声をあげることもあったし、はにかむより歯を出して笑っていたもんだ。年を重ねていくにつれておとなしくなっていったけど。


「よっぽど嬉しかったんだねぇ、小柴が弁当食べたの」

「そりゃ貰ったら食うだろ」

「小柴だからあげるし、嬉しいんでしょうが」


 なんじゃそりゃ。

 またあれか、麗華が俺を好いてる風な思考か。コイツの勘違いも大概しつこいな。


「苦いって言われても笑えるんだもんね」

「嘘がつけんからなぁ。見抜かれそうだし、見抜かれたら後が怖そうだし」

「なのに全部食べてもらえて、嬉しかったんだろうね」


 田川の言葉はいちいち気になるところがあるが、でもそういうことだろう。自分で言うのもどうかとは思うが、アイツは嬉しそうだった。


 ……でも何でまた突然、弁当なんか用意してきたんだ?

 卵は自分で焼いたわけだろうし、冷食詰めるのだって朝の貴重な時間を潰してしまうじゃないか。


 昼休みが終わり麗華は弁当箱の返却を求めてきた。綺麗に食べたそれは当然ながら軽くて、受け取ったその顔はやっぱり嬉しそうだった。



 ♢♢



「千早、一緒に帰りましょう」

「はぁっ!?」


 俺のでかい声が放課後の賑やかな教室に響き渡った。ちらとクラスメートが振り返る。


「なによ、そんな声出して」

「いやいや、お前どうしたよ」

「何が?」

「だって、一緒に帰ろうとか、そんなん言ってきたことないだろ」

「あら、そうかしら」


 長い付き合いの中で一緒に帰ったことは勿論ある。流れであったり、もっと幼い時であれば一緒が当然だったりもしたからな。

 だけどもこんな丁寧に誘われたことなどない。


「嫌なの?」

「いや、別に嫌というわけじゃなくて。……田川と帰るし俺」


 あまりに唐突過ぎるお誘いをすんなり受けられるわけがなかった。だって何でこんなこと……。ハテナだらけの頭じゃ隣に立つ田川を引き合いに出す以外に答えが出てこなかった。


 行為自体はどうってことないさ、でもそんな改まって誘われると身構えてしまう。――なのに。


「あ、いいよ。二人で帰りなよ」

「田川てめぇ」


 にっこり笑う田川はあっさり俺を見捨てた。

 いやいや、無理だって。二人で帰るとかさぁ……、いや、いいんだけど。帰ったことは何度もあるからいいんだけど!

 問題はわざわざ誘ってまで一緒に帰る意味だ、動機だ。


「田川くんも一緒でいいわよ」

「あ、そ、そう? それなら、なっ、田川!」

「えぇ? 遠慮するよー」

「なっ、田川!」


 遠慮などする必要はない。俺は田川の腕をガシッと掴んでにっこり、笑顔で迫った。噴き出した奴の息が顔にかかったが不快な顔も我慢した。


「行きましょ」


 先陣を切って麗華が進み始めて俺も席を立った。田川がニタァと嫌な笑みを浮かべたので軽く踵の辺りを蹴ってやった。だけど尚もニヤニヤしている。

 コイツの思考は読めているぞ、どうせあれだろ。「ほらね」とでも言いたいんだろ。


 そんな単純なわけがあるか。たかが一緒に帰ろうと言われたくらいで、コイツの勘違いは正解でしたなんてことあるわけない。

 一体何なんだ、何が起きてんだ。


 餌付けにお誘い。……何か俺に頼みたいことでもあるとか?



 ♢♢



「じゃあ、また明日~」


 あぁ、もう分かれ道に着いてしまった。田川よ、何故お前は電車なんだ。あ、今日泊まってく?


「……」

「……」


 一緒に帰ろうと誘ってきたくせに、ここまでろくに喋りもしなかった麗華と、遂に二人になってしまった。

 俺らの間に会話が少ないのは珍しくない。

 だけども今日はそうではないだろう。何か言いたいことでもあるんだろう? じゃないとわざわざ誘う必要などない筈だ。


「……あ、のー」

「え?」


 どんどんとお互いの家に近付いているが、未だ麗華の目的が分からない。ちらちらと様子を窺っていたが、何か言いたげな気配も感じられず、堪らなくなって俺から切り出した。


「ど、どうしたんだ?」

「何が?」

「いや、何かあったから誘ってきたんだろ。弁当もさ……」


 ぽりぽりと頬を掻きながら尋ねると、麗華は少しだけ首を傾げた。何? と言わんばかりの顔に、俺は引きつったような笑顔を浮かべる。

 何で俺がドギマギしてやらにゃならんのだ、俺は受けた側なのに。どうしてコイツはこんな涼しい顔してんだよ。


 もしかしてこれらの行動に何の意味もないとでも言うのか。


「迷惑だった?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

「そう。……なら良かったわ」


 いやいや、違うだろ。何だよ、何かあんじゃないの? 良かったわ、じゃなくてさ。何なのよ、そのしおらしい態度はよ。


 頭の中は疑問で埋め尽くされるのに、当の本人は真っ直ぐ前を見ている。その表情に特に変化はなかった。いや、少しいつもより柔らかいような。気のせいかもしれないけど。


 ……本当に何もないの?

 今日のお前はニュータイプなの? これからはこういう路線でいこうってこと?


 だったら別にいいんだけど。

 でも一言欲しかったぜ、こんな無駄に頭悩ませやがって。


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