第10話:ここにいる理由


「答えになっていないかもしれないんですが」

「えぇ、どうぞ」


 結婚云々について話すのは駄目だ。

 そこから話せる本当の話なんてしてみろ、俺がここに来たのは全て徒労である。


 だとすれば、俺が話せる本当のことは、俺自身についてしかないだろう。

 嘘はなくどうしてへの問いかけにうまくはめ込めるものは、それしか思いつかない。


 あとはあちらの解釈が俺の望む方向へいくことを願うだけだ。


「自分には父と約束していることがあります」

「そう、お父様と。どんな約束を?」

「背負うなら途中で放り出さない」


 食い気味で答えてしまった。

 いかんいかん、落ち着け。

 一度呼吸を挟もう。吸ってー、吐いて。よし。


 親父は子供らのやりたいことに口を挟むことはなかった。やるなら最後までやれとも言わない。

 飽きるのも諦めるのもまた正しいと言うのだ。

 やりたいことは「背負う」ことではないんだなぁとぼんやり思ったのは小学低学年くらいだったか、割と早いだろ。

 加えてランドセルでもないことに気付いたのもそれくらいだ。


 兄、千鳥はサッカー、ダンス、ゲームといろんなことに興味を持ち「やーめた」と次へいく。

 裏を返せばやりたいことがいっぱいあったのだ。実に羨ましいね。


 俺はというと逆だ。自ら何かに手を出すことは少なかった。

 麗華曰く俺は「無気力」らしいが、確かに千鳥に比べればそう見えるだろう。

 だけどゲームをやり始めたらクリアしたいし、格闘ゲームに熱中した時は空手の体験教室なんてものにも行っていた。

 やりたいことがたくさんではないが、一度始めれば集中してしまうタイプらしい。全く千鳥とは正反対に育ったものだ。

 いや、千鳥を見ていたからそうなった可能性もあるが。

 やるべきことではなく、やりたいこと。それがなければ何もしない。


「父は中途半端なことを怒りはしませんが、それは自分自身のことだけです。背負うことが起きた時、ものができた時、そこに半端は許されません」


 転勤が決まった時家族で行く予定だったのを千鳥が渋った。

 俺はそれに便乗した。

 最初は当たり前に「オッケー」とはならなかったよ。


 やがて方針が決まったが、それまでに俺の知らないところで親父は千鳥と話をしていた。

 内容は聞いていないが想像は易い。


 そこから家を出るまで、千鳥は俺を背負ってくれた。それは完璧に。

 俺のせいで不自由なことがあったかもしれない。

 自分の時間を犠牲にしたこともあったかもしれない。

 だが俺にそれを悟らせることはなかった。


 面倒を見るというのは簡単なことではない。そう親父に言われたのは俺が一人暮らしになった時だ。

 事細かに説明されたわけではない。

 だけど言われるまでもなかった。


 千鳥は親父の教え通り、途中で放り出すことはしなかった。

 それを俺はしっかり感じ取ったよ。


 ……ま、家事は手を抜いていたけども。

 特に掃除な。アイツ掃除好きじゃないんだ。


「父との約束は守りたいものでもありますが、譲れない部分にもなっていると思います。だから自分は途中で放り出すつもりはありません。適当に扱うこともしません」


 親父の教え。千鳥が見せてくれた家族への責任。

 それらは俺の中にしっかりと刻まれている。


 始まりこそ流されたような形だったが、やると決めたからには放り出さない。

 だから俺は今日瑠奈と会ったし、ここに来ているのだ。


 正直言えばめんどくさいよ。

 逃げたいとも思っているし俺がここまでする必要はないだろとも思ってるさ。


 カフェでお母さんは知っているのかと確認をしたが、そんなん関係なく帰ることも出来たし、そもそも無視しても良かった。


 だけども、幼い頃から植え付けられたものは、そう簡単に消去できない。

 反抗心でもあればまた違うだろうけど、俺自身がそうありたいと思っているからな。

 そう思う自分も含め、本当にめんどくさいったら。


 瑠奈の計画、事情。それらを知ったうえで受け入れた以上、俺はこの件を背負ったのだ。


 愚痴ることはあるだろう。

 途中で断念することになるかもしれない。

 だが背負ったものを重たいからと、もういいじゃんと下ろすつもりはない。

 放り出すときもまた背負うべきなのだと思っている。


 言うて何でも背負うわけじゃないぞ。

 そんなんしてたら身が持たない。

 俺は善人ではないのだ。



「……」

「……」


 と、端的ではあるが俺なりに頑張って自分の思考を口にしてみたのだけど。

 これは想定外の静寂なんだが?


 えっ、と? あー、と、えっ。

 こんな静かなる?

 嫌なんだけど。


 ツツツと目線をウーロン茶に滑らせ、汗のかいたグラスに自分を投影させる。


 いや、あの、うーん……。

 やはり無理があっただろうか。

 だから挨拶に来たのね的な解釈を望んだのだが。


 だけどこれ以外に嘘をつかず返せる言葉など俺には持ち合わせていない。一体どうすれば。


 この静寂があと数秒続けば俺は爆発するかもしれない。だってこんなに体が、顔が熱い。これは着火されただろう?

 だが、良かった。お母さんの口が開く。


「……小柴くんは兄弟はいるの?」

「あ、はい。兄がおります」


 そろりと顔をあげればお母さんの表情が僅かに和らいでいるように見えた。


「じゃあ四人家族ね、賑やかでしょう? うちは二人だから」

「あ、いえ。両親は転勤で越しまして。兄も就職で出ましたから、一人で暮らしてます」

「あら……それは大変ね」


 空気が、纏う雰囲気が変わった気がして、あがっていた肩が少しだけ元の位置へ戻る。

 と同時にキッチンにいた瑠奈が着席した。


「じゃあ一人暮らしー? 高校生のく、せ……」


 そこまで言って瑠奈は口を噤んだ。アホ。

 いや、情報共有の際に言わなかった俺の落ち度か。


「瑠奈、アンタ知らなかったの?」

「シッテルシッテル!」


 唇を尖らせてぷひゅ~と空気が抜けていく音を出す瑠奈は、どうやら口笛を吹きたいらしい。

 お前、その誤魔化し方は、ないぞ。



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