第3話:無謀な計画


「再婚とかまだいいわって言うの。まだいいって、そんなのもう貰い手なくなっちゃうじゃん?」

「いや、そればっかりはなんとも」


 俺はお前の母ちゃんのポテンシャルを知らないからな。まぁキミが母親似なのであれば、んー、まー、容姿はいいかもね。

 つーか、この話いつまで続くの? これは今朝の話と繋がってるんだろうな?


「私分かってるんだ、お母さんが再婚しない理由」


 ちらりと校舎の方を見れば、外にいた生徒が少なくなっているような気がした。

 昼休み終わるのでは。


「中学ん時ね、言っちゃったの。私が結婚するまで再婚しないでって」

「そりゃまた……」

「多分反抗期だったんだよ、あれ」

「そんな反抗期初めて聞いた」

「暴れたりはなかったんだけど、あの頃なんかイライラしがちっていうか。多分あれは八つ当たり的なことだったんだと思うの」


 多感な年頃だもの、いろんなことに敏感になってしまうよね。俺もささやかではあるが、経験済みだ。兄の連れてきた女に「けっ」と唾こそ吐かなかったが、嫌な顔をしていたもんである。

 頭を撫でられたら「うぜ」と言ったりもした。あの時の兄の悲しげな力ない笑顔といったら……、あぁ思い出すと嫌な気分になる。


 いや、俺の思い出話はいい。

 そんなことよりコイツ、まさかとは思うが。


「まさか、それが原因で再婚しないってのか?」

「うん」

「そんな子供の戯言、真に受ける親いるか?」

「うちがそうなの」


 え、えー……? そんなことある?


「だから私の婚約者として、お母さんに会ってほしい」

「はっ」


 繋がった。というか、繋げてきた……!


「お母さんが再婚することになったら、別れちゃったとか適当ぶっこくから」

「いやいや、そんな単純な。そんなことでうまくいくわけないだろ」

「相手はいるの。多分、再婚の話出てるんだと思う」

「何で分かんだよ、エスパー?」

「お母さんのスマホに来てたんだもん、『もう一度話がしたい』って」

「かーちゃんの携帯見んなよ」

「見てないし。通知で見えたの。私プライバシーは守るタイプ」


 トン、と自分の胸元を拳で叩いて鼻息を荒くする彼女の奥でチャイムが鳴った。

 お、これは戻らないとな! 特別真面目な生徒というわけではないが、この場を切り上げるには十分な理由だ。


「おい、授業」

「もうそれって、あれじゃん」


 俺の言葉もチャイムも無視か。

 立ち上がろうと僅かに浮かせたケツをベンチに落とす。いや、もう俺の方こそ無視してここを離れてもいいのかもしれないが、そこまで授業に執着していないし。


 何より、喋ってる女子を放置するなんて、俺には出来かねる。

 水城さんが可愛いからとか、そういうのじゃない。俺の顔を真っすぐ見てくるくりくりの目に吸い込まれてるとかじゃない。

 ほんのり水っぽい唇にどきりとしているからでも……、ミートボール食べたなコイツ。口の端にソースつけてんぞ。


 思わずそこに視線を集中させれば、気付いたらしい彼女は赤い舌を小さく出してそれを舐め取った。


「見たな? 言ってよー、恥ずかしい」

「今気付いたんだよ」

「そういう時はね、ついてるゼ! ってキミが指で取ってあげるものなのだよ」

「いやだわ、きたねぇ」


 正直に言おう、どきっとした。だから顔を背けたし、少々そっけなく言ってしまった。だが彼女は何も気にしていないようで話を続ける。


「もうさぁそれって、結婚してくださいからのごめんなさいを言われた相手じゃん」

「飛躍してねぇ?」

「じゃあ他にどういうのある? もう一度話がしたいって、どういう時に送る? 言ってみ」


 言ってみ、って……。ずいっと近付いてくる小さな顔に、俺は思わず体を後退させる。

 あのなぁ俺は女に免疫ないんだよ。こんな距離感バカな女とお近づきになったことねぇんだよ。


 なんなの、何でこんなくりんくりんしてんの、この人の目。黒目デカ過ぎん? てかよく見ると茶色いな。「カラコンしてる?」と聞いてみた。答えはノーだった。「イブツ、コワイ」だそうだ。


 麗華と違ってそこまで高くはない鼻、麗華と違って厚みのない唇。……全部が正反対だな。こっちが犬ならあっちは猫、こっちが狸ならあっちは狐、といったところか。


 脱線してしまった。とりあえず考えてみる。だが数秒で断念した。水城さんの言うもの以外思い浮かばなかったのは俺に想像力がないのか。もしくは真剣に考えられないのか。


「ない、かも」

「でしょ。……私のせいだよ」


 いや、でもそれはどうよ。仮に、本当に再婚話が出ていてそれを躊躇っていたとしよう。その理由の一端に水城さんの存在があったとしても、戯言のせいではないと思うんだけど。


 なんてことは言えなかった。だって本気でそう考えているようなのだ。

 俺に近付いていた顔を元の位置に戻すとそのまま自身の膝に視線を落とす。


 まさにしょんぼりとした様にちくんと胸が痛んだ。……お母さん、好きなんだな。


「だからお願いします。私と結婚するフリして!」


 かと思いきやすぐにバッと勢いよく顔をあげて話が最初に戻る。

 いやお願いされても……。事情があるのは分かったが尚更受けるわけにはいかない。だって家族の問題だろ?

 いやいや、と首を横に振ると水城さんはコホンとわざとらしく咳払いをしてから、「勿論、タダでとは言いません」と言った。

 なんと。報酬あり?


「小柴くんは、金が目的?」

「目的て」


 まるで言い出しっぺ俺みたいに言ってくれる。


「それとも物ですか? グローブとか?」

「野球やんねぇんだわ」


 グローブと言いながら水城さんのジェスチャーはバットを握りそれを振るもの。統一して欲しいな。


「……そうだよね、小柴くんは健康な男子高校生」

「うん?」


 ふぅ、と水城さんは一つ息を吐くとちらり俺の顔を見た。……なに、なんか嫌な予感すんだけど。


「む、胸くらいなら……差し出します」


 やっぱりね! いや、こう言ってくるとは思わなかったけど、何か変なこと言うって予感あった!



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