期間限定フィアンセ~出会って5分でギャルからプロポーズ!?しかも幼馴染の距離感もバグってきてる~

なかむらみず

第1話:結婚してください


「私と結婚してください」

「はい?」



 今、俺は初対面の女に求婚されている。

 時刻は午前八時を少々回ったところ、場所は数分前まで俺がいた靴箱から少し離れた渡り廊下。


 目の前の女は身長150くらいだろうか。くりんとした瞳は黒の部分が大きく、小さめな鼻に、艶がある唇。目の上の前髪は緩めのカーブを描き明るい髪色のショートカットがすごく似合っていた。


 小さな体が纏っているのは紺色のスカートに青色のリボンがついた白いセーラー。俺がよく見ている制服。そう、ここは俺が通う高校である。登校したばかりの俺はこの女生徒に「話があるんです」と、渡り廊下に連れてこられた。


 女子にこんな風に呼び出されるなんて初めてだ。


 しかもこんな結構……いやかなり可愛い女子。

 そのうえ少々派手な見た目に反するしおらしい誘い文句というギャップ。

 ニヤけない男はいるだろうか。


 校則違反である短くしたスカートから覗く白い足は細く、朝の光に照らされて余計眩しい。身長のせいなのか歩幅が狭くて後ろを歩く俺は何度か追いつきそうになってしまった。


 前を歩いてくれて助かった。ニヤけているこの顔を隠すのは至難の業である。

 人気がない渡り廊下で足が止まり、振り返った彼女の顔にどきりとしつつ、俺は気を引き締めた。

 そこで彼女の口から出たのがあれ。冒頭の言葉である。


 告白かな、なんてニヤニヤ思ってたんだが、そんなものぶっ飛ばしてのプロポーズ、だと……。

 びっくりし過ぎてほのかにあった胸の高鳴りも消えた。


「あ、あの、突然ごめんなさい。私、二年D組の水城瑠奈みずきるなです」


 そう言うと彼女はぺこりと頭を下げた。ご丁寧にどうも……と俺までつられて軽く頭を下げてから、改めて彼女の顔を見た。うわぁ、目がキラキラしてるぅ、なにこれビー玉みたいじゃん。

 小さい頃好きだったな、ビー玉。光に当てたりしてさ。


「あ、俺は――」

「知ってる。C組の小柴千早こしばちはやくん、でしょ?」


 あぁ、そりゃ知っていて当然なのか。いやぁ、高校二年にして初めて告白された。春が訪れる? もう秋だけど。


 つかこれ告白だよね?

 今時の告白ってのはもはや好きですではないのだな、知らなかったよ。

 いやはや、学生カップルが将来も一緒にいると信じて疑わない様を若干引いて見ていたが、まさか告白の言葉もそんなことになっているとは。


「ダメかな……」


 小さく聞こえた声とその姿に頬が緩んだ。消えた高鳴りも復活。

 だって、もじもじしてるんだけど。

 短いスカートでさぁ、明るい髪してさぁ、もじもじと正反対にいそうな印象の女子がだよ。

 でかい目のくせに。可愛いくせにぃ……!


「……や、俺、アナタのこと知らないし」


 こくんと頷いてしまいそうだったが無難な返事をした。

 終わってしまうのはちょっと残念ではある。でもここですんなり知らん人の告白を受ける器量があれば、俺はこの年=彼女いない歴ではないだろう。


 そんな言葉を受けた彼女は瞬きを二度すると、ぱぁっと表情を明るくした。え、何故?


「じゃあ知ったら、あり?」

「へ?」

「これから知っていったら、やってくれるの?」


 そしてそんなことを言うと顔を近付ける。この距離感にドキドキしながらも、言葉の違和感に気付いた。え? なに、やってくれるって……。


「じゃあお昼! 会いに行くから!」

「……。は?」

「お昼にいろいろ話そう!」

「や、ちょっと待って。ごめん、なんか冷静になってきた。これ、あのー……告白でした、よね?」


 そうたずねればきょとんとした顔をされた。いや、可愛いけど何でそっちがきょとん?


「結婚してっていったよね……?」

「えっ、うそ。私そんなこと言った?」

「いやいや、何をどう言い間違えたってんだ」

「結婚するフリしてください、って言ったつもりだったんだけど」

「はっ? 省略しすぎだろ。おたく普通にプロポーズしてきたんだが」

「プロポーズとか、されたい側だよー私」


 知らねぇよ。


「ごめんごめん、じゃあ仕切り直しさせて。改めまして、私と結婚するフリしてください!」

「お断りします」

「えっ、はや! 話聞こうよ、興味あるでしょ」

「ありません、すみません」


 くるりと踵を返せばガシッと腕を掴まれた。


「お願いします! 計画の全貌を特別にお教えしますからぁ!」

「求めてねぇんですけど」

「聞くだけタダじゃん!」


 そう言って俺の腕にぎゅうっとしがみつかれては、それを振り払うことも出来ない。ほんのり紅茶のような香りがした。


「……じゃあ、聞くだけなら」

「やった、ありがとう! じゃお昼迎えに行く!」

「え」


 頷いた途端、俺の腕は解放された。にこにこと嬉しそうに笑うと彼女は去っていく。

 その場にはぽかんと口を開けた俺と香りだけが取り残された。



 この、まるで嵐のような出来事は始まりだった。

 退屈だけど平穏な日々がこのたった一人の少女によって変わっていくなんて、まだ俺は知らない。



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