第37話 斥候

 先日のこの国の兵士千人を殲滅したときと、やはり百戦錬磨の連合軍では感じる空気が違う。

 まだそれなりに離れているはずなのに、もう存在感が伝わってくる。

 この感じは遥か昔より何度も味わってきた。

 大魔王を倒すために挑む人類どもの敵意。

 それを感じるたびにかつては口角が緩み「さぁ、来るなら来てみるがよい」と迎え撃ったものだが……


「あぁ~ん、アナタ~ん♥」

「んちゅ、ちゅっ」


 自分はそんな感傷に浸る暇もなく、空中でアネストと抱き合ってキスをしていた。


「あ~あ、アネストちゃん、交代まだ~?」

「ダメです、これは前回同様私だけの特権です。空中チュウ♥」


 こ奴ら……緊張感というものを……


「おい、アネスト……少しは気を張ったらどうだ? この間の実戦経験のない弱小兵どもと今回は訳が違うのだぞ? んちゅっ」

「ちゅるっ♥ ええ、分かっています。ですが、気を張りすぎても仕方なく、ここはリラックスしようと思い、愛するアナタとキスとエッチなことをして落ち着こうと思って♥」

「それに~、ジャーくんだって、アネストちゃんの感知範囲とラブリィの目……どれだけ鋭いか分かってるでしょぉ?」


 と、言いながら二人はより過剰にと、自分の衣服の隙間に手を入れてワサワサとまさぐってくる……。

 これで本当にこ奴ら勝てるのか? と、思いもするが……しかし……


「んちゅっ♥ ラブリィ……北北東の方角、距離3ロキメールト……虫10匹」

「ん~? ん~……」


 と、自分とキスをしながらアネストがポツリ。

 そしてラブリィは言われた方角を凝視。

 自分もアネストとキスをしながら片目でその方角を……うむ……我が大魔王の視力でなら視認可能。

 アネストは魔力の感知網を張って気づいたようだが、たしかにグリフォンに跨った連合軍の兵士が10人確認できる……


「あ~無粋な斥候さんだね」


 いや、自分だけでなくこやつも気づいたようだ。

 おっとりした顔をしながらも、実は狩人のごとき超人的な視力を持っているラブリィも視認できたようだ。

 人間でありながらも、何という超人的な視力か。

 だが、こ奴の恐ろしいところはそれだけでなく……


「まだ向こうは気づいてないみたいだけど、邪魔だし片付けちゃうね」


 そう言って微笑みながらラブリィは背負っていた煌めく勇者の弓を取り出す。

 その弓に矢は無い。

 矢は、ラブリィの魔力によって生み出される。


「あっ、その前にジャーくんの作戦的にはどう? アレ始末した方がいいよね? 教えなさい」

「ッ……ああ……かまわん」


 そしてラブリィはその手に光り輝く魔法の矢を具現化し、それを彼方へ向かって……



「撃ち抜いちゃえ、ラブアローショット♥」



 可愛らしい技名とは裏腹に、光速の矢を放ち、そして彼方では一瞬で十人の人間の頭部が消し飛んだ。

 本人たちは殺されたことにすら気づかぬまま死んだであろう。


「ゴール♥」

「相変わらずお見事ですね、ラブリィ」


 こればかりは流石に自分も認めざるを得ない。 

 この距離、そして同時撃ちで寸分の狂いもなく相手の頭部を撃ち抜いて即死させるこの腕前は相変わらず恐ろしいものだ。

 戦場ではこの矢で魔王軍の指揮官たちも何人もやられたものだ。

 しかし、それを今回は同じ人間を相手に何の躊躇いもなく……



「さて、斥候が見えたということは敵軍もそろそろ色々と動き始めるでしょう。軍全体はゆっくりこちらへ移動していますが、いくつかの隊が先行して動いていることでしょう」


「うん。斥候さんたちとの連絡もこれで途絶えたし、向こうもここから警戒を強めるだろうね」


「ただ、それらは作戦通り無視です。その相手はシャイニとディヴィアスとキルルに任せます。私たちは……」


「まずは、『狩場』で暴れちゃう前の情報収集だよね? 本軍の形……敵さんたちの本陣の位置、今回の連合軍の総大将と将軍や王族の調査……だよね?」



 そして、今回の作戦立案は自分に任され、その自分の作戦を勇者であるこやつらは疑いなく実行するというのだからな。



「そうだ。勇者を失えど、連合軍である以上率いる大将は必要。王族の誰かか、それとも将軍の誰かか……仮にソレを討っても軍として代わりがすぐに出るのか、それとも大将を討てば終わりか……それによって戦い方が変わってくる」


「面倒ですね……ドカーンと私の魔法で全滅させたいところです。魔力尽きてもジャーくんの愛の薬で問題ありませんし♥」


「連合には強力な魔法結界部隊も存在する以上、容易くはあるまい」


「まぁ、そうですが……」


「総大将が大軍の中心に居ると面倒だが、最後方などに本陣を立てたりしているのであれば、ソコをいきなり叩くのも手の一つ」


 

 そして、自分には可能だ……それにしても……



「いずれにせよ、敵軍全体の配置の形さえこの目で確認できれば、どこに本陣があり、どこに感知部隊、結界部隊、連絡部隊が配置されているか自分には容易に分かる」


「ふふふふ、敵も思ってもいないでしょうねぇ。まさかジャーくんが……大魔王自らが斥候となって相手の情報を収集しようとするなど」


「うん、それに私も目が良いからよ~く見れば誰が居るのかもバッチリ分かるしね♥」



 自分で考えた作戦とはいえ、大魔王たる自分が斥候の役割をするとは……まったく堕ちたものだ。

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