第2話




 ......さてそんな感じにやっちゃったんだけど、ホントに上手く行って良かったと思う。

 いや、もうホントに。

 流石は私よね! めっちゃ頑張ったよマジで!


 何だよナイフとか! あかん! また死んだ! とか思ったわ!

 なんか反射みたいに勝手に身体が動いて対処出来ちゃったけど、それが無かったら絶対死んでたわ!

 冷静に見えた? 固まってただけです!


 演技してなきゃ泣き叫んでたわちくしょう!

 あ、ちなみにさっきの演技、私の尊敬してる俳優さんが演じてたのを参考にしてます。


 ハッタリが効いて本当に良かったです。


 ついでになんであの女が犯人だと思ったか、なんだけど、

 普通に考えて、死にかけてた上司が助かったからって理由で、メイドがあんな感情出したりドタバタ走ったりする訳無いと思う。

 こんな屋敷のメイドがあんなんとか、無いでしょ。


 あと、この身体の持ち主、メイドからそんなに好かれてるとは思えない。


 てゆーかあの女、完全にプロデューサーに擦り寄ろうとするグラビアアイドルと同じ目をしてた。

 ついで言うと演技は下手だね。


 どんだけ色んな俳優たちをドラマで観察して来たと思ってんのよ。

 あんな中途半端な演技で切り抜けようとか、ナメてるとしか思えない。


 息継ぎの場所が一定だし、セリフを感情だけ込めて読めば良いと思ってる感じ。

 ついでに言うと手の動きが不自然。

 あれだけ感情を込めて言ってたのに手には殆ど力が入ってないし。


 今思えば、いつでもナイフで私を刺し殺せる様にしてたんだと思うけど、それがアダになった訳だ。


 そうなって来ると、連れて来られた挙句に逃げたあの医者は、あの女に懐柔されてこの身体の持ち主を殺す為に利用されてたと見るべきか。

 あれは気が弱くて流されやすい、そういう類の人間だ。


 しかし、そんなんが入り込んでるって事は、この屋敷、結構長く陰謀的な何かに巻き込まれてると見た。


 家人が死に掛けてたくらいなんだから、黒幕は結構な権力者でしょ。

 いや、ただの勘なんだけどね。


「旦那様、資料をお持ち致しました、取り急ぎ、当家の名簿と、過去帳だけですが、宜しいでしょうか」


 仕事速いなこの人!


「そうか、ではまた後程、その他の資料も見繕え」

「は、畏まりました」



 さて、まずは名簿から行くか。


 恭しく一礼して、下がっていく執事さんを横目に、名簿っぽい物を手に取る。


 …………日本語じゃないけど、読めるかなコレ。


 えーと、当主、オーギュスト・ヴェルシュタイン。

 あ、良かった読めた。

 そんで運良く名簿だった。良かった。

 つーかなんかむしろ日本語読む時よりもスラスラ読めるかもしれない。ナニコレ。


 まあ良い、何語かも分からないけど、読めるならそれに越した事は無い。

 そういや言葉も違う気がするけど、うん、まあ、良いや。


 ……しかしなんかめっちゃカッコいい名前ね。

 年齢は43歳?当主にしては若い、のかな?


 妻は、ジュリア・ヴェルシュタイン。

 旧姓ローライスト、ローライスト伯爵家二女、オーギュスト19歳の折に17歳で嫁入り、後に29歳で病により死去。


 ……当主、奥さん早くに亡くしてるのね。


 ていうか伯爵家?

 駄目だ、なんか偉い、とかそんなんしか分からんかもしれん。

 演技の為にってイギリスとかの爵位の勉強もう少しやっとけばここで役立ったのに……!

 だって、日本人女優にイギリス貴族とか関係無さそうだったんだもん!


 まあ良いや、仕方無いから後回しにして、次読もう。


 えーと、

 長男ミカエリス・ヴェルシュタイン、22歳。

 ルナミリア王国立騎士団団長。


 息子さんめっちゃ出世しとるやん。


 騎士団、王国、伯爵家、うん。

 なんていうか、中世ヨーロッパとかその辺りっぽいな。



 全くと言っていい程分からんけど。



 えーと、後は奉公人? とか、今は嫁いで居なくなった当主の妹とか、なんかそんなんか。

 よし、大体主要な家人は分かった。


 次、過去帳は……。


 ヴェルシュタイン公爵家は、廃嫡となり、貴族となった王族が起源の、高貴な血筋である。


 ……この家の歴史とかかな、コレ。


 しかし、王族の血とか入ってんの?

 凄いね、この家。

 流石の私だって一応、王族が一番偉いのは分かるよ。

 何となくだけどな!


 まあ良いや、えーと、

 なお、王族は水か氷の属性である為、当主、次期当主共に氷属性……。


 ……属性って何?


 え、何、この屋敷の当主、氷で出来てるとか?

 分かんないわ、どういう意味?


 属性って、アレだよね? アプリゲームとかに出てくる、えーと、なんか、火とか、そんなん?


 駄目だ私、ゲームとかそんなん全くしないからイマイチ分からん。

 上から、丸いぬいぐるみみたいなキャラクターが落ちて来て、同じのを繋げていく系のゲームしかした事無い。


「……旦那様」


 うわあビックリした!


 突然掛けられた声に、内心めっちゃビックリしながらも無理矢理演技で誤魔化して顔を上げれば、そこに居たのは執事さんでした。


「……どうした」

「……いえ、そうして書物などを読んでおられると、まるでジュリア様がご存命だった頃のようだ、と、思いまして」

「そうか」


 ジュリア様って、当主の奥さんだよね?

 結構近しい間柄だったのかな?


 ジュリアさんの弟とか、その辺かな。

 いや、でも、名簿にはそれらしい人無かったしなぁ。


「そのように痩せられますと、お召し物も新調せねばなりませんな、後程、針子を連れて参ります」


「……そんなに、変わったか」

「半分、よりも少々、痩せられたかと」


 は? え、ちょ、待って。

 この身体の持ち主めっちゃ太ってたって事?


「……不躾な事を申しました、申し訳ありません」


「ふん……気にするな、ところで、どれだけ経った?」

「ジュリア様が亡くなられてからでしたら、12年、かと」


「そうか」


 聞きたいのはそこじゃない気もするけどまあ良いや。

 12年って、結構長いよね。

 赤ちゃんから小学校卒業しちゃうまでだもん。


「ご子息のミカエリス坊ちゃまも成人を終え、随分と大きくなられました」


「息子……か」


「旦那様のご自慢のご子息と言っても過言ではありますまい。ご立派に、成長されておられます」


「……そうか」


 ミカエリスって、当主の長男だよね、そんで、それが私の息子?


 えっ、それってつまり



 ここの当主、私?



 こ こ の 当 主 、 私 !?(二回目)



 ……え、ちょっと待って、なに?

 この身体の氷で出来てるの?

 普通に体温あるんだけどどういう事なの。


 あれ、じゃあ、あのブタみたいなオッサンの絵、

 考えたくないけど、この身体の持ち主!?


 痩せただけなのにまるで別人じゃねーか!


「旦那様、……もう復讐は止めに致しませんか?」

「……突然、なんだ」


 待って、突然いきなりめちゃくちゃヘビーな話されても困る。

 ごめんなさい、訳が分からない。


「まだ、この国を恨んでいらっしゃいますか?」


 ホントにごめんなさい、なんの事かサッパリ分かりません。


「あの当時は戦時中、しかもジュリア様の病を治す薬は敵対国でしか採れない。

 ……旦那様も無理だと、分かっていらっしゃった筈です」


 えーと、ジュリア様って、当主の奥さんだから、私の奥さんって、事で、


 執事さんから告げられる情報を、ひたすら頭に入れて行く。


「もう、12年になります。ジュリア様とて、旦那様のあのようなお姿、望んでいる筈が御座いません」


 ……何となく分かって来たぞ。

 情報を総合して考えると、奥さんが国のせいで助けられなくて、腹いせになんか色々やらかしてた系じゃないかなコレ。


「一つ、聞こう」

「……なんで御座いましょう」


「何故、今、その話を?」


「今の旦那様ならば、きちんとわたくしの話を聞いて頂けると、愚考致しました」


 恭しく頭を下げ、丁寧に告げられる執事さんの言葉。

 つまり、今までは人の話を聞けるような思考回路じゃなかった、って事なんだろうか。


「それほど、違うか」


「失礼ながら、床に伏される前よりも、心穏やかであるように見受けられます」


「そうか……」


 えーと、この人は、誰だ、当主付きの執事だから、この人か?


 手元の名簿にさり気なく視線を送って、流し読むみたいに適当にページを捲っている演技をしながら、真剣に名前を探す。

 それから、なんとか見付けた名前を口にした。


「アルフレード・シュトローム」


「……は」


 よっしゃあ! 良かった合ってた!


「一体どのように見えていた?」


「……恐れながら、まるで、死に急いでおられるように、感じておりました」


 なるほど、この身体の持ち主、オーギュストさんは、自分の奥さんに会うために、間接的に死のうとしていたのかもしれない。

 だからなんか色々やらかして、人から怨みを買うような事を進んでやってたんじゃないかな。


「……皮肉なものだな」

「旦那様……?」


 なんだか分からないけど、私みたいな呑気な現代日本人が体を乗っ取ってしまうなんて、オーギュストさんだって予想だにしてなかったに違いない。

 なんせ私だって予想だにしてなかった。


「人は一度死を経験すると、生きたい、と思えるらしい」


 死にたがってた人間の中に、生きたいと願っている人間が入っちゃうなんて、皮肉でしかないでしょ。


「旦那様……」

「……アルフレード、当主とは、なんだ?」


「……恐れながら、家の象徴、見本、そして、主、かと」


「私は、それに相応しい人間か?」


 今までヤバイ人間だったんだから、これからも当主のまま、とか駄目だと思うんだよねー、なんて、そんな雰囲気を醸し出しながら言ってみる。


 が。


「旦那様……! 何を仰います、今までがどうあれ、今の貴方様以外に相応しい人間などおりません!」


 まるで世界が終わるみたいな絶望的な顔でそんな事を言われてしまった。

 ちょっと待って、どんだけですか。


「……買い被り過ぎだろう」


「いいえ! 貴方様は昔からそうです、すぐにご自分を卑下なさる!」


「……そんなつもりは無いが」


 とは言ったものの、それは私じゃない訳で。

 なんか複雑な気分。


「何年共に居たと思っていらっしゃるんです、貴方様の大体の事は分かりますよ」


 寧ろ初対面ですよー。とは言えないんだけど、なんかもう、取り付く島は無さそうだ。


「ジュリア様をどれだけ深く愛しておられたのかも、理解しております。

 そして、ジュリア様亡き後、そのお心が欠けてしまっていた事も」


 そう言って、執事さんはとても辛そうに顔を歪めた。


「ゆえに、わたくしが貴方様をお止めする事は出来ませんでした」


 その表情は、執事らしからぬものだったけど、昔からの友人を止められなかったという後悔だけは伝わってくる。


「本来であれば、わたくしが命を賭けてでも、お止めするべきでした。

 ですが、それで貴方様が正気に戻られる保証など、どこにもありませんでした」


「……それほど、おかしくなっていたか」

「恐れながら、初めの頃は軍馬に向かって走って行こうとされた事もありましたな」


 大分ヤバイなそれ。


 なるほど、心を壊してしまうくらい、奥さんの事を愛していたのか。

 国さえ敵に回しても、復讐しようとしてたのは、その愛が原因か。


「12年、正気を失っていたのだな」


 なんて、悲しいんだろう。

 だって、もう奥さんは居ないんだから、復讐なんて、しても意味がない。


 それはただの自己満足で、もし復讐を終えたとしても、ただ悲しいだけ。


 オーギュストさんにはきっと、それだけしか、残ってないだろうに。



「……アルフレード」

「なんで御座いましょう」


 いや、なんか空気重たいから少しでも変えようと声を掛けたんだけど、うん、なんも浮かばないよ、どうしよう。


 えーと、えーと、あ! そうだ、これ、聞いとこう。


「一体どの位眠っていた?」


「ひと月程に御座います……」


「そうか」


 ひと月寝込んだらそりゃ痩せるわなー。



 …………………。



 えーと、どうしよう会話終わった。

 とりあえず、なんとか次の話をしよう。

 なんか、話題、えーと、えーと。


「……どうやら私は一度、死んだらしいな」


「そのようですな。“再誕さいたん”、おめでとう御座います」


「ふむ、そうか」


 なんか初めて聞く単語だな。

 後で調べよう。

 辞書くらいどっかにあるだろうし。


「これで旦那様も、“賢人けんじん”に御座いますな」


「……私が“賢人”か」


 なんだそれ。


「これでこのヴェルシュタイン領も向う五百年は安泰となりましょう。

 何せ当代一と謳われたオーギュスト様の治制がご復活なされるのですから」


「私はそれほど長生き出来ん気がするが」


「何を仰います、かのシルヴェスト卿は賢人となってから齢四百は下りません。貴方様にはそれよりも百年は長く生きて貰わなくては」


 はい?


 え、ちょっと待って。

 嫌な予感が、っていうか、嫌な予感しかしない。


 何故か誇らしげに微笑む執事さんを見つめながら、口を開いてみる事にする。


「私は、人間だと思っていたのだがな」


「賢人となられましたら、神に一歩足を踏み入れたようなものですから、戸惑うのも仕方ありますまい」


 知らん間にえらいもんになってますよオーギュストさん......!!

 っていうか、なんか物凄い身体乗っ取ってしまったよ私!

 ヤバイ、これはヤバイ。


 年齢を理由にそろーっとフェードアウトっていう手が使えなくなった!


 どうしよう。

 いや、ちょっと本気でどうしよう。


「……ミカエリスに家督を譲る事が出来なくなったな」


「ぼっちゃまは当家よりも騎士団の方を優先したいと仰っておられましたから、丁度宜しいかと」


「そうか」


 家督問題でモメるとか嫌だからサラッと譲ろうと思ってたのに、息子の方は欲無いのかよ!


 ヤバイ、これ、本格的に私が統治しなきゃダメっぽい。


「……しかし、一つ問題があるな」


「なんで御座いましょう?」


「言っただろう、記憶が大幅に欠如していると」


「ご心配には及びません、それに関しては、わたくしが貴方様のサポートを」


 逃 げ 道 塞 が れ た !


「ふむ、そうか」


「…………旦那様……」

「……なんだ」


「人は賢人になる際、過去死んだ者と出会うと聞きます」


「……そうだな」


 知らんけどね!


「……ジュリア様にお逢いになられたんですね」


 え?

 なんか、執事さんの中でそういう事になってるんじゃね?

 あれ? 決定事項? なんか凄く納得してない?


 えっと、良く分かんないけど、そういう事にしといた方が良いのかな?


「…………敵わんな、分かるか」


「分かりますとも。奥様の事です、きっと、逢った途端お怒りになられていたんでしょう?」


「……そんな事全く望んでない、と怒られたよ」


 捏造してごめんなさいジュリアさん。

 でも、何となくだけど、そんな事言うんじゃないかなと思ったの私。

 だって私なら、好きな人が自分に逢いたいからって悪い事とかしてたら、嫌だ。

 早く死のうとしてたら、嫌だ。


 好きな人には、幸せになって欲しいと思うのは、女の子なら考えて当たり前。

 中にはそんな事を考えない女の子もいるかもしれないけど、それはその子がそれほど相手を好きじゃないってだけだと思う。


 そりゃ、自分が死んでて、それでも好きな人と会えるのは嬉しいけど。

 好きな人に、新しく私じゃない好きな人が出来たりとか嫌だけど、でも、だからって、そんなのは嫌だ。


 いつまでも私を理由に、止まっていて欲しくない。


 もし逢えたら、私だって怒る。

 私を言い訳にしてんじゃねーよ!馬鹿か!って。


 それから言ってやるんだ。


「……生きろ、と」


「……ジュリア様らしいですな」


 ……ジュリアさんに、逢えたのかな。

 逢えてたら良いな。


 あのカミサマが言う通りなら、オーギュストさんの魂は黄泉に、つまり天国? に行っちゃったらしいけど、地獄とかに行ってて逢えてなかったら嫌だなぁ。


「アルフレード」

「は」


「私は、生きて良いか」


「例え何になろうとも、わたくしは貴方様には生きて欲しいと、愚考致します」


「……それは、私がお前の知るオーギュストでなくなってしまっていても、か?」


「わたくしの主は、貴方様で御座います。

 例え幼い頃の思い出や、わたくしと共に育った過去の記憶が欠如していようとも、それは変わらぬ事実。

 わたくしは貴方様の執事で在り続けましょう」


 ヤバイ。

 オーギュストさん、めっちゃ信頼されとる。


 これ、どうしよう。


 私、めっちゃ頑張ってオーギュストさんを演じないとダメっぽい。

 幸い今の私の演技は違和感無くオーギュスト・ヴェルシュタインを演じられているらしい。


 っていうか全く疑われていない。

 まあ、ある日いきなり中身が別人とか普通誰も思わないから当たり前か。


 しかも今まで、正気失ってたらしいし。

 好都合と言えば好都合なんだろうか。


 だけど、やっぱり問題がある。




 統治って、どうやるの?




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