こんにちは魔族領

勇者では無いそうです

「異世界アディスへようこそ、勇者様方! ここは勇者様方がいた世界とは別の、あらゆる種族が手を取り合い、異能と魔術をもって繁栄を遂げた世界でございます!」



 …………は?


 なんだこれ……夢か……?


 状況が飲み込めない。

 周りには、俺と同じ表情をしたクラスメイト達が床にへたりこんでいる。


 先程まで学校で授業を受けていたはずだ。

 そしてその後―――そうだ。

 地震だ。

 とてつもなく大きな地震が起きて……それで……そこから記憶がない。


 そこまで記憶を辿った所で、先程俺達に語り掛けていたとんでもなく顔の整った少女が疑問に答えるように話し始めた。



「誠に残念ながら、勇者様方は元の世界で何らかの要因により命を落とされたようです。そして、丁度その時異界召喚の儀を執り行っていた私達に答える形でこの世界に召喚されたのです!」



 召喚……? ……もしかしてこれは……!


 嬉々として語る少女とは裏腹にクラスメイト達の反応は様々だ。



「……命を……落とした……?」


「……ねぇっ!嘘でしょっ!?なんなのこれ!?」


「いや俺だってわっかんねぇよっ!?……ドッキリ……じゃ、ねぇよな……」


「いやっ……いやぁ……」


「きたっ!きたぁっ!俺の時代……!」



 命を落としたという言葉に呆然とする者。

 理解が及ばずパニックに陥る者。

 泣き出す者。

 たまらない様子でガッツポーズをする者。


 どれもが常軌を逸したこの状況ににわかにざわつく者達だが、俺は取り分け最後のガッツポーズをする男子生徒に似た心境だった。


―――異世界召喚だ。


 サブカルチャーの第一線にまで成り上がった人気コンテンツとして俺自身も創作として楽しんでいたあれが、現実として今ここにあるんだ。


 自分達のいる床にある光を放つ魔方陣や、あまりに豪奢な周りの装飾や目の前の現実離れした美しさの少女。その後ろ控える甲冑を纏った騎士のような人達や杖を持つ老若男女。

 動物のような耳を持つものや人間ではあり得ない体躯を持つものが並んでいる。

 そしてその奥で、玉座のような物に座る厳然とした雰囲気の壮年の男性。


 そのどれもが、夢や作り物であるという可能性を排除してしまう程の実在性を持っていた。



「ここは私達の世界でも一際栄華を極めたルクス帝国。勇者様方を召喚したのは、今我々人類を脅かそうしている魔王及びその配下である魔族との戦いに力を貸して戴く為なのです……!」



 涙を瞳に溜め、縋るように俺達に語り掛ける少女。美しさに見惚れるように生徒達のざわめきが小さくなり始める。

 そして、一人の生徒が俺達を代表するように少女の前に出た。

 

 伊佐山翔太いさやましょうた

 高校入学から半年間で既にクラスメイト達からの信頼も厚く何でも完璧にこなすリーダー的存在の男子だ。

 その整った顔から女子からの人気も高い。

 


「はじめまして、俺は伊佐山翔太と言います。俺達がその勇者?と言うものなのかは分かりません、ここがどこかも定かではありませんし……俺達を元の場所に帰していただくことはできませんか?」



 至極真っ当な意見だ。

 突然知らない人間から知らない場所に連れ去られ、勇者だから戦えと言われる。

 意味分かんないよな確かに。


 だが、そんな伊佐山の言葉に少女は悲しそうな表情で首を振った。



「帰して差し上げることは、できます。ですが、元の世界では皆様は命を落とされています。戻った瞬間、皆様にあるのは……死……のみ……です」


「そう……ですか」



 恐らく、皆の記憶は俺と同じところで途切れているのだろう。その言葉に嘘だ、と異を唱えるものは現れなかった。

 

 きっと、あの地震で俺達は命を落としたのだろう。

 そして、偶然俺達のクラスが召喚対象となった。


 その事実に落ち着き始めていた生徒達が再びざわつき始める。

 だが、伊佐山は違った。



「――ありがとうございます」


「………え?」



 伊佐山の突然の言葉に少女だけでなく生徒達も目を白黒させる。



「異世界、でしたか。この世界の皆さんが俺達の命を繋ぎ止めてくださったんですよね。そうでなければ、俺達は死んでいた。そう言うことですよね」



 伊佐山はそう言うと、笑顔を少女に向けた。

 クラスメイト達は、その言葉にはっとする。


 そうだ、俺達が今こうして意識を保ち思考を持っているのは異世界に召喚されたからだ。



「俺は、命を救ってもらったその恩に報いたいです。皆には皆の意見があるとは思いますが、俺はこの世界の力になりたいと思います」


「………ショータ様……っ!」



 伊佐山の言葉に少女は涙をこらえ破顔した。


 どうやらこの召喚の主人公は伊佐山であるらしかった。




■   ■   ■   ■





「えーとイリス、『ステータス』でいいの?」


「はいっ!ショータ様!」



 あの後、いくつかの質問や状況説明を終え、方針が決まった。


 俺達はクラスメイト全員で勇者としてこの世界で生きていく。

 戸惑い、迷う生徒もいたが、伊佐山が言った命を救ってもらったという言葉が決め手になったのだろう。


 時間も経ち、落ち着いてきた生徒達はこの状況を楽しもうと言うものが大半になっていた。

 圧倒的な非現実。

 テンションが上がるのも頷けた。


 今は、各々の勇者としての能力の確認中だ。


 先程の問答で一気に好感度が上がったのであろう伊佐山とルクス帝国の第一皇女イリスが近しい距離でやり取りをしている。


 その様子に女子生徒達は不満そうだったが、イリスの美貌を前に歯噛みするしかないようだ。



「ッ!ショータ様ッ!これは……!」


「えーと、『聖剣召喚セイント・ブレイブ』?……これって、すごいのか?」


「ええ!ええっ!これはルクス帝国の礎となった勇者様が持たれていた能力です!まさか現代に現れるなんて………!」


「んー、良く分かんないけど、力になれそうで良かったよ」



 褒めちぎるイリスに満更でもなさそうな伊佐山。

 その様子を見たクラスメイト達は一斉に『ステータス』と唱え始めた。


 男子生徒達は一様にはしゃぎながら自分達のステータスを見せ合っている。

 能力の違いはあれど、どれも強力なものであるらしかった。

 女子生徒達の中にも、この状況を上手く飲み込んでいる生徒を筆頭に同じく確認をしている。

 

 誰もが、死ぬよりはマシだとこの世界に順応しようとしているのだろう。



「こっ……これはっ……! イ、イリス様ッ!こちらへ!」


 

 杖を持った女性がイリスへ声をかけた。

 その近くにいるのは、一人の男子生徒と二人の女子生徒だった。


 赤垣秀二あかがきしゅうじ

 照宮司水瀬しょうぐうじみなせ

 木ノ本睦月きのもとむつき


 伊佐山と合わせて四人で幼馴染みのハイスペック集団だ。

 赤垣は学校一の運動神経を誇っていて、照宮司は複数の武道で全国レベルの成績を納めている。木ノ本は全国模試一位の秀才だ。


 そんな彼らのステータスをイリスが覗き込む。



「ッ!シュージ様は『堅牢要塞ガーディアン』!ミナセ様は『武芸百般マスター』!ムツキ様に至っては『魔術創造クリエイト』!す、素晴らしいですっ!」


「おっ、その感じは俺らも良い感じか!?へへっ、翔太にばっか良いとこ持ってかせねぇぜ!」


「秀二、俺はそんなつもりはないよ。なんか勝手にそうなるんだよ、いつも」


「ふむ、日々の精進がこんな形で活きるなんて、わからないな人生は」


「……あんま、興味ない……」



 その様子にクラスメイト達は活気づく。



「やっぱあいつらか~!スゲーなぁ、でもっ俺達も負けないように頑張ろうぜッ!」


「おう、なんかゲームみたいで楽しくなってきた!」


「私はまだ怖いけど……でもあの四人が居るならなんとかなるかも……!」


「うん!伊佐山君達がいれば大丈夫っ!」


「なんか俺もスゲー能力らしいぜ!」


「私も!」


「俺は支援専門か……やり甲斐ありそうだな」



 そんな生徒達を尻目に俺も『ステータス』を確認する。

 あまりにクラスに馴染めていない自分に呆れながら、仕方ないことだと割り切る。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 リュート・サカキ 


吊るされた男ハングドマン

 

 熟練度無し


 君の黎明は苦難に満ちる。

 その道行きは艱難にまみれ、その志は辛苦に折れる。

 それでも、耐え、努めろ。

 やがてその掌は光明を掴み取る。



 逆位置 欲望

     §*@&☆#@


_____________



 なんだよこれッ!なにこのポエムッ!


 どんな能力なのかまるでわからないな……。



「どうされましたかな、勇者様?」


 

 杖を持った老人の男性が俺に声をかけてくれた。

 丁度良い、この人に聞こう。



「すいません……これなんですけど……」


「ッ!!こ、これは………イリス様ァ!」



 老人が取り乱した様子でイリスを呼ぶ。

 え?なんかこれすごいやつなの?


「どうされましたか?」


「こっ、これを………っ!」

  

 浮き足立つ心を抑えつつ、駆け寄ってきたイリスにステータスを見せる。


「……ッ!なんということでしょう……」


「えーと、なんなんでしょうか、これは……」



 驚愕の表情を浮かべるイリスにおずおずと窺うと、イリスが意を決したように目を合わせてきた。



「―――能力が、ありません」


「――――………え?」


 能力が、ない?

 いやいや!あるじゃんこれ!

 

 困惑する俺を他所にイリスは続ける。



「残念ながらリュート様は―――勇者ではありません」





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