第51話 最後の戦い

 長い長い階段の先だった。


 まだ途中のようにも感じるが、さらに上へ続く階段を背にして、『彼女』と再会した。


「ネム……? いや、悪魔か……」


 ジオが知るネムランドの姿ではなく、十代にしか見えなかった容姿が成長を遂げ、二十代後半の姿になっている……、見た目だけを言えば、ジオと同い年くらいだろう……。

 少なくとも、並んで歩いても、以前のネムランドやアンジェリカと言った、『年下の少女』を連れている、とは、他人に思われないような容姿だった。


「俗称・アフリマン、と呼ばれているようだがな……、

 俗称などいらん、我(私)の名は『アフリマン』だ」


 腰まで伸びていた青髪は、今は束ねられ、頭の後ろで蝶々結びのように形を作っている……、悪魔が自分で作ったと考えると、意外だった……。


 どう見られるか、などに頓着しないと思っていたが……。


「そうか? 姿を持たない神や悪魔は、意外と容姿を意識するものだ。ないものねだり……なのだろう。別に作れないわけではない。

 ゼウスだろうと我(私)だろうと、人の目に映るような容姿を作り、顕現することは可能だが……それだとつまらないだろう」


 ゼロからなにかを作り出すことに慣れている彼らにとって、『自由』とは退屈だ。自分自身で作り上げた『0』ではなく、既に存在している『1』の容姿を、自身の技術で魅力を底上げしていくことに面白さを感じているのかもしれない……。


 不便であればあるほど燃える……のだろうか?

 確かに、制限された中で目的を達成しようとすれば、そこにゲーム性が現れるが――。


「ネムの容姿を借りて試してみたが……、どうだ? 人の目には魅力的に映っているのか?」


「…………まあ、そりゃあ……」


「ジオくんに聞いても意味ないよ。

 だってネム社長が相手ならなんだって肯定するし」


 惚れた者に聞いても否定など返ってこない。

 だってマイナス要素であれ、それが可愛いと感じるのだから……。


「……なんでお前が答えてる」


「え、だってジオくんならそう言うだろうって……、

 それともあのネム社長、魅力的じゃないの?」


「…………、魅力的だよ」


「ほらね」


 ……なんだかトゲがある言い方だ。


 容姿が変わり、魅力的になったネムランドに目を奪われているジオを見て、イラっとしたのだろうか……、しかし、今更な話だろう。


 容姿が変わったから、ではなく、以前からもジオはネムランドを見ていたのだから。


「(……だって、せっかく気を引けたと思ったら一発で逆転されたわけで……っ、そりゃ苛立つでしょ……っ!)」


「おッ、い……ッ!? あんじぇり、か……首、絞めて……ッ!?」


 無意識だったようだ。自然と力が入ってしまっていたアンジェリカの腕が、ちょうどジオの首にはまっていて……――はっ、と気づいたアンジェリカが腕を取って解放する。


「ご、ごめんねっ、ジオくん!?」

「おまえ、な……ッッ」


 膝をついたジオの背中を擦るアンジェリカだ。当然だが、背負っている相手からそんなことをされれば――それでも尚、彼女を背負い続ける、なんてことはできなかった。


 目的の人物と出会えたのだ、背負い続ける理由はない。


「敵の本拠地、ど真ん中で余裕そうだな、お前たち」


 ばさぁっっ、と左右に広がる黒い翼……、それにより、黒い羽根が周囲に舞っていく。


 ……思い込みだろうが、真上で鳴り響いている雷の音が、激しくなった気がして……。



「人の国へ侵入しておいて、用件も言わずに目の前でじゃれ合いを見せられているこっちの気持ちも考えてみろ……我(私)はどうすればいいんだ?

 貴様たち二人とも、我(私)の指先一つで黒い雷を落とし、冥府へ落とすこともできるが?」


 黒い雷が天から落ち、白いその指へ落ちた……、衝撃は周囲へ抜け、吹き飛ばされたアンジェリカが地面を転がり階段の下へ真っ逆さま――になる寸前で、ジオが手を掴む。


 彼も吹き飛ばされたが、訓練を積んでいたおかげで何度か転ぶことで勢いを殺すことができた……。


 危なかった……、落ちればまた階段を上り直さなければならない……どころじゃない。そのまま天まで昇ってしまうだろう。


 落ちれば底が見えない穴の先である。


「うぅ……」


「……ネムの見た目だから騙されたが……そうだよな、相手は悪魔だ。

 悪魔の目の前でじゃれ合うだなんて、気を抜き過ぎだ……っ!」


 ジオにじゃれ合っている意識はなかったが、外から見ればそうなのだろう。ここでじゃれ合っていない、と反論しても、「どっちでもいい」と悪魔は言うはずだ……、なんにせよ、彼を不機嫌にさせてしまったのは事実だ。


 ……出だしは最悪だ。


 なぜなら、相手を不機嫌にさせるなど、あってはならないことである。

 勝手に侵入している時点で、相手の地雷を一つ踏み抜いている気もするが……、連絡手段がない以上は仕方ない。


 アポイントメントを取る方法はないし、異国の入口に呼び鈴があったわけでもない。……侵入したくてしたわけではない――せざるを得なかったのだ。


 だから不機嫌にさせたとしてもここは切り抜けられると思っていた……、だけど、それ以外で相手を不機嫌にさせてしまったとなると、リカバリーが難しい――。


 しかもこの状況で、ジオはある提案をしなければならず……、ここで『交渉』、『契約』なんて、望んだ通りにできるとは思えなかった。


 それでも。


 ここまできた以上は、引き返せない。


 目の前の悪魔が、すんなりと帰してくれるとは思えないし――。


「……ふーっ」


 溜息ではない。ジオは大きく息を吸って…………吐いた。


 冷静になれ。


 焦るな、欲しがるな、なにを求めてここにきたのか、決まっているはずだ。

 それ以上はいらない……、損得は想定している。


 正直なところ、損に関しては最悪まで許容しているのだ……、だったら、損の種類が変われば、それはそれで得に寄ることになる。


 相手は悪魔だが……怯えるな。

 怯えれば付け込まれる……。人間と悪魔は対等ではないが、『面白い』ものを見せられる、体験させることができる、と言えば、人間の価値は上がるだろう……。

 悪魔も神も、自身の手では見られないものが、人間の手にあるのだから。


「交渉がしたいんだ、アフリマン……」


 さん? それとも、様? と悩んだが、結局、ジオは『アフリマン』と呼んだ。


 気持ちが込められていない敬称に意味はない。人間相手であればポーズでもいいから言うべきだが、気持ちが込められていないのであれば、悪魔は一発で見抜くだろう……。

 それに、ポーズなどいらないと言うはずだ。


 神と悪魔は、嘘を最も嫌う。


「ほお。我(私)に持ちかけるとはな……、地獄を見るかもしれんが――それでもか?」


「ああ。地獄を見てもいい……地獄を見るからこそ得られるものもある」


 それはたとえば…………、

 今よりもさらに強く、根深く張り巡らされていく三種族間の絆、とか……?


「それは建前だろう?」


「…………」


「本当に欲しいのは――ネムか」

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