第43話 支離滅裂で、大言壮語

「おれたちはあの人をここで足止めすることを意識していればいい……、船長がたくさんの女の人を、おれたちが『あの人』を……。

 集団と個人を足止めすれば、残されたのはもう一人の船長だけだろ? ……なんとかしてくれる。だから、


「……ほんとに大丈夫だと思うの? だってあの子は……あんたがいないとまともに喋ることもできなさそうじゃない……」


「と、思っていたんだけどさ……」


 フィクシーと一度、離れてみて分かったことがある。

 ジンガーがいると、フィクシーはサリーザが言った通りに、まともに喋ることができず、ジンガーを頼りにしてしまうが――、

 いざ頼れる人物が傍にいなければ、意外と自分でなんとかしてしまうのだ。


 自分の手でジンガーと部屋を同じにしてしまうように。


 ――なにもできないわけじゃない。


 安心できる人が隣にいることで蓋をしてしまっているだけ……、なら。


 ジンガーが隣にいないことで蓋を開ける……、そうすれば、フィクシーはきっと、なんでもできるのだろう。


「フィクシーなら、説得できると思うんだ」


 力で押し潰すのではない……、話し合いで、アーミィの企みを壊す。


 誰も傷つかない納得の結果を、フィクシーなら拾ってきてくれるはずだから。




 そー、と扉を開ける。


 見張りの一人もいなかったごく普通の部屋には、背中を見せる小柄な少女がいた。

 彼女はぶつぶつと呟きながら――キーボードを打っている。素早い動きで入力される文字や数字が、どんどんと蓄積されていく……。

 読み上げるよりも早く行が増えて、文字が上へスライドしていってしまうため、目で追うことを早々に諦めた……。仮に目で追えたところで、理解することはできなかっただろう……フィクシーには分からない暗号だった。


 暗号ではないのかもしれない……、少なくとも他人が理解できるような言葉ではなかった。

 脳内を言語化しているだけだ……、ただし、天才・アーミィの頭の中を、だ。彼女を知る者からすれば、彼女の脳内が出力されているというだけで、読む気が失せるだろう……、本人でさえ、スクロールした上の文章は理解できていないのかもしれない。


 これは記録ではなく、脳から指へ、タイピングすることで頭の中を整理し、新しいものを生み出していくという作業であり、出力した文字はその瞬間からガラクタになる。


 もしも、理解できる者がいれば、そのガラクタは宝になるだろうが、アーミィからすれば既に不要となったアイデアだ。


 アーミィは振り向かない。


 捨て置いたアイデアを再利用するなら、思いついた新しいアイデアを完成させる……、そうして色々なプレゼンツが生まれてきたのだ――。


 天才の製作過程をこんな近くで見られるなんて……――フィクシーは本来の目的も忘れて、アーミィに近づいていた。

 彼女の集中力のせいか、近づくフィクシーは気づかれることなく……――ただ、集中しているアーミィの視野が狭まっているからなのか、それともフィクシーは、『気配を消す気がなくとも見つかりにくい』のか、分からないが……。


 なんにせよ、製作に集中する少女の後ろから、こっそりとそれを観察している少女という光景がしばらく続いていた……。

 事情を知らなければ、似たような二人なので、仲良しに見えるだろう。だが、実際は年齢も離れていれば、敵同士である。

 アーミィ陣営にいるフィクシーが敵であるかどうかは怪しいところではあるものの……クランプの手伝いをしているなら、やはり敵になってしまうのだろうか……?


 フィクシーは、アーミィを嫌っているわけではないのだが。


「すごい……」


「ふう、こんなもんじゃな」


 画面から視線を外し、体を反らしたアーミィが、ここで初めて人の気配に気づいた。

 ぱち、とアーミィとフィクシーの目が合った。

 声も出ないフィクシーとは反対に、アーミィは、にぃ、と不気味な笑みを見せた。


「可愛いハニーちゃん、どうしたんじゃ? わしに会いにきてくれたんじゃな?」

「い、その、あの……」


「分かっておる分かっておる……、フィクシーちゃんは人見知りだということは『見ていたから』知っておるよ。落ち着いてゆっくりと喋るんじゃ……焦らずともよい」


「…………どうして、うちの名前……」


「言ったじゃろ、『見ていた』……それに、わしの陣営についた以上、名前から最低限の身の上情報はインプットしておる……。たとえ今、兄上の方へ寝返ったとしても、わしの中では変わらず愛でるべきハニーじゃからのう」


 と、裏切られたことを受け入れてはいるものの、やはり不満はあるらしい……。

 当たってはこないが、嫌味がびしびしと突き刺さってきている。


 確かに一度はアーミィ側へついた……だけど、それは消去法だったのだ。

 アーミィを慕っているから、アーミィ側を選んだわけではない。


 クランプは『ない』としたからこそ、残った方へ傾いただけであり――フィクシーが信頼するのはジンガーだけだ。


 ただ最近は……サリーザもその中には入っているけれど。


「……それ、プレゼンツの……」


メモじゃな。プレゼンツは機械じゃからのう、大元はこんな風に『文字と数字』の羅列じゃ。ここからボディやパーツを肉付けしていき、製品に変えていく……。

 脳、とは言ったが、この段階じゃあ、ただのアイデアじゃな。実現、可能不可能かは置いておいて、ひとまず理想を書き連ねたようなもの――、ここから現実に寄せていく。

 見ても分からんよ、これ以上の情報はわしの頭の中にしかないからの」


 画面の中に映る文字と数字の羅列は、やはり読み解けない。

 ヒントがないし、そもそも読み解ける連なりなのか? 


 書き出された文字は詰められているものの、あるべき『虫食い状態』になっている文字が表示されておらず、アーミィの頭の中で補填されているとすれば、フィクシーには絶対に解けないものだ。


 フィクシーでなくとも。

 これはアーミィにしか分からない……『今』のアーミィにしか。


 もしも一晩寝て、起きたアーミィが見ても、「?」だろう。


 それくらい、支離滅裂で、夢の記憶を書き出しているようなものなのだから。


「あ、の……アーミぃ、船長、に――」

「フィクシーちゃん」


 アーミィがフィクシーの言葉を遮った。

 小さな声で聞こえなかったために被ってしまった、のではなく、意図的に、彼女がフィクシーの声を遮ったのだ。


 びく、と萎縮したフィクシーは口が固く閉じてしまった……、自力で開けるまで、時間がかかる。そしてその隙を見逃すアーミィではなかった。


「付き合ってよ。おっと、同性同士による恋愛という意味じゃないぞ。まあ、それでもわしは受け入れるが――そうではなく、『プレゼンツ』を、『発見』を、『革命』を! 『新時代』を! 一緒に作ろうじゃないか!

 わしとフィクシーちゃんなら凄いことができると思うんじゃよ――まあ、少なからずの危険はあるが……未来のためになるなら記憶の一つや二つくらい、失っても安いものじゃろ?」


「な、にを、言って――」


「もう一人のわしを作りたんじゃ……その『ベース』に、フィクシーちゃんを使いたい」

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