第41話 vsキプ=キャッス その2

 それはサリーザも同じだが、彼女には翼がある……、ふわ、と機体から離れた彼女が翼を一度だけ羽ばたかせ、小さな羽根を周囲にばら撒きながら――。

 駆け抜け、背後に回ったキプへ急接近。

 彼女は命綱もなければ機体に張り付くためのグローブもない。……恐らく靴に細工があるのだろう……、だとしても、やるべきことは変わらない。


 技術はいらない。

 力いっぱい、突撃すれば、彼女の足は機体からはずれるはず!!


 倒す必要なんかないのだ……、機体から剥がしてしまえば、後は落下するのみ。たとえプレゼンツで再現した翼があろうとも、一度目の復帰を阻止してしまえば、二度目はない。


 最悪、サリーザが突撃と同時にキプに抱き着いて共に落下する、という案もあるにはあるが、ジンガーが許さないだろう……だから最後の手段である。


 どんっ、とサリーザの肩がキプの胸に当たる。

 想定していた通り、靴に細工があったようだ……(サリーザとジンガーが機体に張り付いているように、靴の底が機体を吸引しているのかもしれない)機体と離れたキプ――だが、彼女は焦る様子もなく、落下を受け入れる。


「……勝負はここからよね!」


 翼を使った復帰だ。


 翼を羽ばたかせることで、スタートダッシュのような一度だけの上昇。空中で方向転換できないように、同じ要領で二度、三度と上昇はできないが、その分、一度目の上昇の力は大きい。

 復帰を阻止すると言えば簡単だが、それさえすれば勝利という設定である以上、最難関である。


 サリーザは、落下していくキプを観察する……さあ、いつ上昇する?


 その背中の紛い物で、どう復帰を……を……を?


 両手を広げた大の字の体勢で、どんどんと遠ざかっていくキプ=キャッス……、もしかしてプレゼンツが上手く起動しなかった?

 だから復帰できずに、落下していくことしかできなかった……?

 遂には雲の中に消え、見えなくなってしまった――。


「……え?」


 うそ、と拍子抜けしてしまうサリーザである。

 思わず機体から滑り落ちそうになってしまうくらいには、気が抜けた。


 ――まだ戦闘中であるにもかかわらず、だ。




 


 真下から急接近してきた『それ』が、飛空艇の底面を叩く……、少しだけ飛空艇が傾いたような気がしたが……中は大丈夫だろうか?

 急な坂道になっただろうから、船内でみんなが滑っていなければいいけれど――。


 そして、人の心配をしている場合ではなかった。


 真下からの急上昇の勢いで飛空艇が押し上げられた……、その衝撃でサリーザ、ジンガーの手が、機体から剥がれた。


「「あ」」


 サリーザの視線はすぐにジンガーへ向けられた。

 命綱のロープは切られていて機能していない……彼には翼がないのだ。


 このまま落下し、地上へ真っ逆さまだ。運良く下が海だったとしても……いや、雲の上から落ちれば、水面だろうと落下によるダメージは大地に叩きつけられるのと大差ないはず――。


 仮にクッション性があったところで、広い海のど真ん中に着水したとして、彼が岸まで泳げるとは思えなかった。

 土竜族は地下の種族だ……海を知ってはいても、慣れているわけではない。それは翼王族にも言えることではあるが。


「ジンガーッ!!」


 翼を広げたサリーザが手を伸ばし、ジンガーへ飛びついた。


 キプが持つプレゼンツとは違い、翼王族であるサリーザの翼は、自由に空を飛び回ることができる……とは言え、成長した翼であれば、の話だ。

 サリーザはまだまだ、人一人を抱えて飛び回れるほどに成長しているわけではないし、彼女自身も、上手く扱えるわけではない。

 翼とは言え、筋肉である……、休みなしで走り続けられる体力がないように、翼も同様だ。ジンガーを抱えたまま、飛空艇に戻れる筋力は、まだ彼女にはない――。


「ダメだ、離せ、サリーザっ!!」


「できるわけ、ないでしょうがッッ!」



「残念です、翼王族の少女――」


 逆さまになりながらも、見下ろしてくるキプ=キャッス。


 翼王族として、自身の翼を持たない相手に見下ろされるのは許せないが、これはサリーザ自身が『飛べない』せいである。

 もしも人並み以上に翼を扱えていれば、こんな状況にはならなかった……。

 ジンガーを抱えて精一杯だなんて……しかも段々と落ちていっている。やがて限界を迎えて、二人は雲を越えてしまうだろう。


 ジンガーを見捨てれば、サリーザ自身の体一つくらいならば、持ち上げることはできるはず……、が、それもそろそろタイムリミットだ。

 体力も無限にあるわけではない。ジンガーを見捨てたところで、自分の体を支える体力がなければ同じことだ……。見捨てたジンガーの後を追うように自分も落ちていくだけ――。


 判断するなら今である。


 ジンガーを、見捨てるか、支えるか――サリーザは、



「サリーザ、唇から、血、が……」


 唇を噛むほどの悔しさを感じながらも――だが、ジンガーを見捨てることはなかった。


「見捨てない」


 翼王族のプライドよりも、今は『友』を取る。


『たかが』プライドのために、大切な友達を失ってたまるものか!


「サリーザ……うお!?」


「ご、ごめん……もう、無理かも――背中が、剥がれそう……ッッ!」


 翼が疲労で、痛みを発し始めたのだ。


 まるで翼が背中から剥がれていくような感覚……、実際、背中はなんともなっていないのだが、神経ごと、翼が背中から剥がされそうになっている感覚に、サリーザは額に脂汗を浮かべている。

 ジンガーには分からない想像を絶する痛みなのだろう……、――落下が始まった。

 そのことに、サリーザは気づいていない様子だった。


 ジンガーの胸に顔を埋めるように、サリーザは力を抜いている……、力が入らない?

 ジンガーが彼女を抱きしめている体勢だが、悲鳴の一つもなく、かと言って受け入れているわけでもなく、サリーザはただ横たわっている感覚なのだろう……。


 ジンガーの上に乗っていることも、分かっていないのかもしれない。


「たす、けて……っ」


「サリーザ……ッ!」


 助けを求められれば、助けたいと思う……、だけど、雲を抜けながら落下していくことしかできない今のジンガーには、なにもできない。

 どれだけ『助けて』とお願いされても、彼の力を越える願いは叶えることができないのだ。


 どうしたって。


 奇跡でも起きない限り――『神頼み』でもしないと、この危機は脱せない。


「ッッ、かみ、さま……見捨てないで……――……!!」





 翼王族は、神に最も近い存在である……ということは、『神』は確かにいるのだ。


 そして、彼女たちは神の『使い』であり、遠い昔は、神は翼王族を利用し――その報酬として、『手助け』していた。


 それがいつからか、翼王族は単独で種として繁栄し、神に仕えることもなくなった――。

 翼王族の反発、ではなく、神が翼王族と戯れることに飽きたからだった。


 あ、と思いついたから生み出し、飽きたから放置した……神様らしい自分勝手である。


 だが、自分勝手ゆえに、世界が生まれた。

 海ができた、大陸ができた。

 生命が生まれ、現在、人間が支配している――。


 土竜族が台頭してきた時代があれば、翼王族が長らく支配者だった時代もあった。その間、神は傍観を決め込んでいた。

 手を出すこともできたが、しなかったのだ……。だって『面白そうに見えない』から。


 退屈を嫌がるのに、そう簡単には手を出したりしない慎重な部分もある。


 手を出し、影響を与えてしまうことに怯えているのだろうか……今更?


 世界を作っておきながら……三つの種族の対立を誘導しておきながら?


 意図していなかった副産物であるとは思うが……だからこそ、こんな三つ巴を作ってしまったことを後悔し、安易に手を出すことを渋っているのかもしれない。


 修正しようとして悪化させてしまい、そのまま終焉へ導いてしまえば……――取り返せない失敗はしたくないから、と誰も手を伸ばしたがらないのだろう。


 誰も手をつけないまま、放置が続いた。


 傍観者のまま……だからこそ、神はずっと、常に見続けている。


 ……たった一人の少女の願いなら、その重い腰を上げることはなかっただろう。

 同時に複数の、自分たちの子供のような存在から助けを求められてしまえば、なにもしないわけにはいかなかった。


 妥協点としては――分割。

 全員に万能な力を与えてしまえば、世界が壊れる可能性がある……、だから、『百パーセント』を


 世界が変わっても、社会が変わっても。


 翼王族らしく振る舞ってきた、『貢献者』を優先に、神から翼王族へ、『力』が譲渡される。

 翼王族が世界の支配者として君臨する以前、神の使いとして働いていた頃の力を、薄めて薄めて、世界に不具合を起こさないレベルで希釈し、それぞれに与えた。


 翼王族が本来持っていた力である。


 全てが翼へ集約される。


 与えられた力は、『自由』だった。



「少し遅いクリスマスプレゼントになってしまいましたが……受け取りなさい、子供たち」



 姿なき『光』の神――独唱どくしょう・『ゼウス』の、気まぐれである。


 そして、その気まぐれで、戦況は一気にひっくり返った。

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