第23話 ジンガーの推測

 部屋の外。細い通路にある丸い小窓から外を見るジンガーは、暗雲の下の世界を確認することができなかった。


 まるで下の世界と『ここ』が隔絶されているかのように――、空爆によって地上が崩壊しているのかどうかも、まだ分からない。


 黒い暗雲の中に見える黄色い雷は、地上を蹂躙する嵐を想像させる……、みんなは無事だろうか。いや、当然、無傷ではないだろうけど……。


「……ジン、ガー…………?」


「あ、フィクシー……ごめん、起こしちゃったか」


 扉を少しだけ開け、隙間から顔を覗かせる幼馴染の少女――、男の子のようにも見える顔立ちをしており、もっと小さな頃は、ジンガーの隣にいれば少女とは思われなかった。

 だけど年齢を重ねれば、女の子らしい体のラインも見えてくるようになる……、大きめのサイズの服で誤魔化せてはいるが、ジンガーだけが知る薄着の彼女は、やっぱり女の子だ。


 暑苦しかったのだろう……眠りながら、支給された作業着を脱いで下着同然の姿になっているフィクシーが、ジンガーを追って通路に出そうになったところを――ばんっ、と、ジンガーが扉に手をつき、彼女を部屋へ戻す。


 びっくりして後退した彼女が部屋の中で尻もちをついた。


 ……どうしてこうも乱暴に手が出たのか……、ジンガーは心の中で首を傾げながら――今はそれどころではないために、疑問はそこで心の奥へしまわれた。


 彼は自覚していないが、少なくとも、彼女のためだけを思った善意ではない。


「ジンガー……?」


「ベッドに座って待ってろ……風邪を引くから、上くらいは羽織っていた方がいい」


「……どこに、いくの……」


 地面に両手をつき、ジンガーを見上げるフィクシー。


 青い前髪の隙間から見える瞳には、不安しかなかった。


 ちょっと様子を見てくる、とも言えない……、軽く言ったことが彼女をさらに不安にさせてしまうだろうと分かってしまえば、返事は一つしかなかった。


「どこにもいかないよ」


「うそ……。だって、廊下にいたもん……っ。

 窓の外を見て……うちを置いて、地上に戻るの……? 戻るなら一緒に……ッッ」


「フィクシーを置いていかないから。

 ……地上のみんなのことを心配しただけよ。まあ、心配されるほど、アイニールもアンジェリカも弱くないし……、おれたちよりは強いから、きっと――」


「でも、空爆……」


 という、小さなフィクシーの呟き。


 空爆が落とされる……、落とされたかもしれないことは、彼女の耳にも入っているらしい。


 ジンガーも、直視しないようにしていたが、それでもまったく視界に入れないわけにもいかない。


 爆弾が地上に落とされたのだとしたら……、いくら大人でも、耐えられるものじゃないはず――、だって土竜族が作った、『兵器プレゼンツ』なのだから。


 命を奪うために作ったものだ――そんなの、命を奪うに決まっているだろう。


「本当に落とされていれば、だよ」


「……? 落とされた、んじゃ、ないの……?」


「土竜族は人間と翼王族を支配したいだけで、別に殲滅したいわけじゃないはずだよ……。地上を焼野原にして、それが支配と言えるの?

 土竜族が人間にこれまで従属していたみたいに、きっとこの船の船長は、二つの種族を従えたいんだと思う……、翼王族は今まで通り、人間は、便利な駒として――」


 人間の得意分野は?


 統率力? ……勢力が多数に分かれたところで、やはり団体の数は多いだろう……、総数が多い。頭さえ抑えてしまえば、その下の多数の頭をまとめて従えることができる。


 人間は前の人間の真似をする種族だ。


 先頭さえ懐柔してしまえば、最後尾まで手を入れる必要はない。

 極端な話、一人目の後ろから先へ、目を光らせる必要もないだろう……。

 人の真似をした人間の行動を真似する人間は連鎖していき、総数が多ければ多いほど、勢力としての力は増幅していく。


 彼らに翼はなく、武器を作る技術もないが……、それでも不足を『歴史』と『人手』で補ってきた。上手くいけばすぐに調子に乗る種族だが、だからこそ、しぶとく生き続け、繁栄したとも言えるだろう……。

 翼王族、土竜族と比べれば、倍以上も数が違う。

 まあ、歴史的に見ても、死亡者が最も多い種族でもあるのだが……。


 替えが利く。すなわち、殺しても殺しても湧き出てくるということでもあるが、味方につければ利点である。……本当に端から端まで従えれば――これ以上ない駒だ。


 ただ、数が多いということは、思想は様々である。従うフリをして反撃の機会を窺っている者は、必ずいるだろう……、つい最近の土竜族のように。


 そういう危惧を潰すために、殲滅するかもしれないが――さて、本当にできるのか?


 行動ではなく、結果の問題だ。


 殺しても湧き出てくる人間は、きっと根絶やしにはできないだろう。


 空爆に意味はないと、土竜族の長であれば『分かっている』はずだ――。



「…………大丈夫だよ」


 ジンガーはそう言った。

 そう言うしかなかったのだが――。


「空爆はしてないよ……、外の様子をちらっと見たけど、落とした形跡はなかったし……」


 これは嘘だ。

 暗雲に遮られ、下の様子は分からない。


 雲一つを越えれば、真っ赤な世界が広がっているかもしれないが――、そんな予測を伝えるべきではない。

 最悪は想定しておくべきだが……、頭に入れておくのは一人でいいだろう。共有する必要はない……、ましてや、フィクシーに伝えるのは論外だ。


 ジンガーが理解していればいい。


「……ん、わかった」


 彼女の言い方は、『そういうことにしといてあげる』だったが――、

 ジンガーが大切に抱え込んで守るほど、彼女も弱いままではない、ということか……?


 蚊帳の外に置かれたことに唇を尖らせたフィクシーが、ベッドに戻って毛布にくるまった。ジンガーがいないことで目が覚めただけだったようで、再び枕に頭を沈めれば、数秒で眠りに落ちてしまった……。心は摩耗している……ストレスと、不安によって……。


 彼女が落ち着けたのは、ベッドに残っていたジンガーの匂いのおかげか――。


「……、おれも寝るか……」


 色々と調べるのは、きちんと休息を取ってからにしよう。


 空爆はしない、とジンガーがほとんど断定しているのは、理由があるからだ。


 土竜族は支配者として種族の頂点に君臨しているが――それは外に向けて、である。


 人間と翼王族を相手にすれば優位に立てているが、『土竜族』を相手にすれば、違う。


 優位どころかピンチかもしれない――そう。



 現在、飛空艇の中で起こっている――『内部分裂』である。



 飛空艇の船長は二人、存在しており――、どちらも一歩も引かない意見のぶつかり合いが続き、膠着状態のままだった……。

 こんな状態で空爆なんて、したくてもできないだろう。


 つまり、飛空艇に乗る全・土竜族が、選択を強いられているのだ――『どちら』につくか。


 二つの派閥ができている――分かりやすく言えば、『兄』か『妹』か。


『王』か『姫』か――さて、ついていくなら、どっち?

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