第16話 クリスマス・イブの決戦

「やばいやばいやばいやばい……」

「おい、楽な仕事じゃなかったのかよ」

「だってサリーザのこと説得できなくて――」


 期日が迫っていた。

 明日は報酬日クリスマスの前日である。期日の二十五日が終わるまでに、本人が望む形で『プレゼント』を渡すことができればいいので、余裕はあるように感じるが……。

 しかし、できれば今日の段階で完遂の目途は立てておくべきだったのだ……不安だ。


 毎年必ず、イレギュラーは存在する。

 絶対に完遂できると思っていたことでも、当日の事故や事件に巻き込まれて達成できない可能性もあるのだから――。


 余裕が欲しかった。


 きっと、とか、たぶん、ではなく――絶対に大丈夫、という余裕が。


「サリーザって、超がんこ!」


「まあ、分かってたことだろ」


 他人に流されるような、簡単に操れる子供でないことは見れば分かった。

 ……人のアドバイスを簡単に聞く子ではない。

 それは同時に、安易に人の誘惑にも乗らないというメリットにもなるが。


(……ただ、自分が信仰するものに沿っていれば、無条件に信じる危うさもあるが……)


 自分のルールで信じるものを決めているとすれば、間違っていると外部が分かっても、信仰対象になってしまえば解くのはかなり難しい。


 壁が厚ければ厚いほど、敵の攻撃を防ぐが、味方の救いの手も届かないデメリットにもなる……そうならなければいいが。


「うぅ…………どうしたらサリーザに本音を言わせることができるかなあ……」


「アンジェリカ、お前はもう寝ろ……徹夜だろ?」


 目の下の隈が酷いことになっている……底のない穴みたいだ。


「徹夜じゃないよ、考え過ぎて寝られないだけ」


「結果的に徹夜だろ。

 眠らなくても横になるだけで休息にはなるが、寝た方が休めるってことは分かるよな?」


「でもっ、このままじゃサリーザにプレゼントがあげられなくなる……っ」


 本人がプレゼントを拒絶すれば、前例がないが……、きっと願いは無効になるだろう……いらないものを渡すほど、願掛け結社サンタクロースは押し付けがましい会社ではない。


 ただ……それが本音であれば、だ。


 言わされていることがはっきりすれば、無効は認められない……、言わされていることを含めて、彼女を救い出し、プレゼントを渡すのがサンタクロースの役目だ。


「…………もし、失敗しちゃったら、どうなるの……?」


「そんなこと、お前が心配することじゃない」


「……じゃあ、ジオくんが罰を受けるの……?」


 ……鋭いサンタクロースだ。

 サンタクロースに選ばれるほどだからこそ、鋭いのか?


 アンジェリカが予想した通り、サンタクロースの尻拭いはパートナーであるトナカイの役目だ。……彼女が想像してゾッとしたような、痛みを伴う罰ではないものの――かなりの労働をさせられることは確かだ。


 ジオは経験がないが、そういう目に遭っているトナカイの話はよく聞く。

 ――過酷な労働環境で、長時間の労働をすることで、失敗を補填するという……。

 だから最悪、失敗してもそれだけだ。


 命を取られるわけではない。……大丈夫だ、と言ってアンジェリカに気を抜かれても困るので、多少は焦りを残した方がいいのかもしれない……。


「あたしの失敗でジオくんが……? なおさら寝られないじゃん!!」


「あーもう! 別に大したことねえから寝ろ! それとも腕枕でもしてやろうか!?

 お前の好きにしていいから――抱き枕でもなんでもしろ! 寝るぞ!!」


 アンジェリカの手を取り、ベッドへ連れていく。


「ジオくんが隣に!? ……きゃーっ、もっと眠れないよーっっ」


「てめえ寝る気ねえだろ!!」


 こうして今日もまた、進展がないまま、夜が更けていく……。




 二十四日――報酬日クリスマス前日。


 サリーザの最後の説得に出向いたジオとアンジェリカが担当地区の村に入ると、肩で呼吸を繰り返している汗だくのアイニールの姿が見えた。


「運動不足解消のためのランニング、じゃねえよな……どうした、なにがあった?」


 ジオの姿に気づいたアイニールが、くしゃ、と顔を歪めて……。

 その酷い顔を隠すために、ジオに抱き着いた。


 どすん、という衝撃を受け止める。


「……いなくなったの……」


「誰が?」


「村中、探しても……どこにも……。っ、目を離した隙に! こうなることは最初から予想ができていたはずなのにッ、あの子を守るのが、私の役目なのにぃっっ!!」


「だからっ、誰が!!」



「サリーザ……?」



 アンジェリカの呟き……。

 ジオも、予想がついていた。


 このタイミングで攫われるとしたら、サリーザくらいだろう……。


 自ら村を出たのでなければ、攫われたと考えるのが普通だ……、なぜなら彼女は翼王族である。人攫いに連れ去られ、王族に売られることは、よくあることなのだ。


 翼王族であるというだけで、価値がある。

 サリーザのような若い少女は、尚更だ。


 これまでは目の届く場所で監視し、見守っていたが……、最近は彼女のためを想い、距離を取っていた……それがかえって彼女を追い詰める結果になってしまった……。


 彼女とコミュニケーションを取らないことで、彼女の中の欲を刺激したかったのだが、作戦は不発に終わり、最悪の結果として今、危機に陥っている……。


「人攫いに攫われたらもう……っ、被害が分かってからじゃ取り返せない……っ」


 既に、サリーザは村の外に連れ出されたと考えるべきだろう。


 ――相手が手慣れた人攫いなら、だが。


「この時期ってのが気になるな……報酬日、前日だぞ?」

「ジオくん?」


「……王族が、こう願ったとしたらどうだ?

『若くて綺麗な、可愛い翼王族が欲しい』――と。どんな手段を使ってでも願いを叶えるサンタクロースは、文字通り、手段を選ばずサリーザを攫っていったとしたら……?」


 報酬日の朝に、彼女を王族に渡すのだとすれば。


 鮮度を保つために、攫う時期をギリギリに設定するだろう。


 早めに攫って保管している間に傷がついては、プレゼントにならない……、だから今なのだ。


 本物の人攫いであれば、時期も時間も選ぶはずだ……しかも、いくら翼王族とは言え、サンタクロースの監視下である成績一位の子供を狙うわけがない。

 決行すれば、捕まえてくださいと言っているようなものだろう。


 なるべく危険を犯さない人攫いは、これに関与していないだろう――だからこそこの一件は、が実行していると分かる。


 子供の願いを叶えるために、サリーザを攫った――。


 稀に起こる願いの衝突。

 そうなった場合の対処は、決まっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る