第12話 もう一人のサンタクロース

 初めて、だった。


 アンジェリカの苛立った様子を見たのは。

 ジオの前ではできるだけそういう一面は見せないようにしていた、だけなのかもしれないし……、ジオがいることで嫌なことを忘れていたのかもしれない。

 ……アンジェリカならあり得る。


 だが今、ジオがいながらも不機嫌であることを分かりやすく示した。

 彼女にとっての、タブーに触れたからか。

 それともオリヴィアはアンジェリカにとって、取り繕うことなく接することができる親密な相手なのか。


 それとも。


 マジで嫌いな知り合い……?


「な、なによ」


「うるさいよ、オリヴィアちゃん。放っておいてって言ったじゃん」


「でもっ!」


「マジでうざいよ。ジオくんの前だよ? 気を遣ってよね」


 どうやらジオがいることが見えなくなったわけではなく、いてもなお、ここは嫌な部分を見せてでもオリヴィアを排除することを優先させたらしい……。


 アンジェリカにそこまでさせるとは――オリヴィアとの仲は、結構マジで険悪らしい。


「…………」

「仲裁しなくていいのかな? 板挟みのジオくん」


「社長。ところでそこの子……オリヴィアがどうしてここに?」


「どうしてって……研修満了通知を渡すためだね――おーいオリヴィア嬢、こっちこっち」


「あ、はい、社長」


 くる、と振り返り、切り替えたオリヴィアがネムランドの前へ。

 アンジェリカに「ちょっと待ってて」と言ったところを見ると、意外と冷静だったりする……?


 彼女は本来の目的を思い出したようで、ひとまずそっちを優先させたらしい。

 彼女の後ろではアンジェリカが古き良き『あっかんべー』をしている……、そしてジオに見られていることに気づくと、きらり、と営業スマイルである。


 人前に立つアイドル兼ヒーローとしては、百点満点だった。


 やがて、用を終えたオリヴィアが振り向き、


「さて、続きを――」



「オリヴィアさん、そろそろやめましょう。アンジェリカ様の人生ですよ?」


 と、ジオの背後に立っていた長身の男。


 反射的に腰を落として距離を取ったジオ……、床を滑り、死角を逃がす。


 ……敵対者を前にした動きだった。


(こいつ、気配が……ッッ)


 なかった。

 声が聞こえるまで、ジオは相手にまったく気付けなかった。


 相手はただの……とは、もう言えないが――白い髭を貯えた老人である。

 丸メガネをかけ、執事服を身に纏う――只者ではない雰囲気の男……。


 杖、ではなく、手に持つそれは傘だ……日傘。


 自分のでなければ――オリヴィアのための。


 その傘が、かつん、と床を叩く。

 その音が、やけにはっきりと聞こえた。


「初めまして、オリバー=キッズです。以後、お見知りおきを」


 老人なのにキッズとは――と思ったものの、さすがに本人を前にしては言わなかったジオである。だが、隣にいるバカは隠し事ができないようで、


「ププッ、おじさんなのにキッズだってーっっ! 似合わなーい!」


 無礼過ぎるアンジェリカの言葉に、一応、保護者であるジオが咎めない、というのも体裁が悪いので――、

 アンジェリカの顔面を片手で鷲掴みにする。ぎぎぎ、とアイアンクローを決めておいた。


「痛い痛い痛いよジオくんッッ!?!?」


 宙に浮いたアンジェリカが、じたばたと足を漕いでいる。


「脊髄反射で喋るなよ。……失言に気づいてるか? ほら、謝れ」


「ごめんなさいごめんなさぁーいっっ!!」


 反省したようなので(?)手を離す。

 床にお尻をついたアンジェリカは、こめかみを優しく擦って痛みを和らげている……。


「ジオくん、痛いよ……」

「痛くないと反省しねえだろうが。……優しくしたつもりなんだけどな」


「どこが!?」


 不安なのか、ぺたぺたと手の平で顔と頭を触って確認するアンジェリカ……、大丈夫、ずれていないし取れてもいない。


「なんともなってないから安心しろ……――ッッ!?」


 アンジェリカに手を伸ばした瞬間、視界の端から飛んでくるものがあった――かかとだ。

 ショートパンツから伸びる白い足のそのかかとが、ジオの側頭部を射抜こうと、迫ってきていた。


「アンジェリカにッッ、なにしてんのよ!!」


 斜め上から振り下ろされたかかと落としをなんとか腕で防ぎ、相手の、軸となる、体を支えている足一本を――払う。支えを失った体は倒れ、ジオが気を抜いた瞬間だった。


 片手をつき、今度はつま先の突きだ――。

 ぐんっ、と射程が伸びた鋭利なつま先が、ジオの喉元へ伸びていき、


(オリヴィアのやつ……足技の練度はかなりのレベルだぞ!?)


 一歩下がっただけでは避けられない。

 腕で庇うしかないが、庇うよりも伸びる足の方が早い。

 急接近してくるつま先になす術もなく、衝突間際でジオのまぶたが落ちる。


 だが、やってくるはずの衝撃はなく、ゆっくりと目を開けると、伸びた足を掴む老人――オリバー=キッズの背中があった。


「っ、放しなさいよ、オリバー!!」


「相変わらず足癖が悪いようですね、オリヴィアさん」

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