第2話 土竜族のプレゼンツ

 荒っぽいことは許可されているので、針金で鍵を開ける、という作業は省いた。

 建物の裏側に回り、窓から部屋の中へ突撃である。


 ロープと爪があれば、垂直の壁を走り抜けることは可能だ。


「ッ、なんだ!?」


 窓ガラスを割って入った部屋の中には、口を塞がれ、ぐるぐるにロープで縛られた知った顔の老人と、体よりも大きな白い翼を持った少女がいた……。

 絵本などに載っている、人間が想像する通りの天使であり――彼女が、翼王族だ。


 少女は手首と足首をロープで縛られており、口にはテープだ……これでは悲鳴が上げられないのも納得だった。


 周囲には三人の男。

 彼らは少女の翼から羽根を千切っては集めていた。たとえ小さな羽根でも、千切られることには痛みを伴うらしく、目尻に涙が溜まっている。

 体を押さえつけられているため、激痛に体をよじることもできないようだった。


「テメエッ、窓から――がッ!?」


 男の頬に三本傷が入る……ジオが振り回したロープの先の爪が、男を切り裂いたのだ。


 焼けるような痛みに男が悲鳴を上げる。

 侵入から間髪入れずに向けられた攻撃と敵意に、男たちはやっとのこと臨戦態勢になる。


「ちーっす、遅ればせながら回収にきましたぜ」


「回収だと……? 粗大ゴミかなにかか? 頼んだ覚えはねえぞ!!」


「虐待を受けてる女の子の回収のつもりだったけど……、そうかゴミの回収って解釈もあるのか。ならそっちも当てはまるな……。

 目の前の粗大ゴミ三つ、殺してから袋に詰めて持って帰ってやるよ」


 一瞬、理解ができなかった男たちだが、粗大ゴミが自分たちのことだと理解し、腰に差していたナイフを握り締めた。

 ……ナイフ、と言うには大きいか。

 剣ほど大きくはなく、しかし一般的なナイフよりは大きい。


 小回りが利くナイフの利点を捨て、リーチの長さと力の伝達に長けた剣の利点を捨てた中途半端なサイズだが……、どちらの利点も少しずつかいつまんで獲得していることを考えれば、万能型とも言えた。


 極端に一方向へ特化した武器でなければ、どんな場面でも使える万能型の武器を作っているのは、やはり中でも一級品と言えば土竜族である……。

 向けられたそれは、彼らの作品の一つだった。


 土竜族の武器が犯罪者の手にまで渡っているとなると、面倒である。


 まだ二種類の内の片方でなくて良かったが……。片方だったら、それはそれで扱いづらい武器なので、自滅をする可能性が高い分、楽だったかもしれないが……。

 巻き添えを喰らうかもしれない以上、良かったとも言えなかった。


 ジオ=パーティは、二人の男と頬に傷を作った男を順番に見て、


「うちの社長の目的は、その子を回収することだ。

 素直に従えばお前らの命まで奪う必要はない……降伏しろ、面倒くらいは見てやる」


「バカ言うな、こっちには土竜族が作った『プレゼンツ』があるんだ……、っ、てめえの手作り感満載の、そんな陳腐な武器で対等に戦えると思うなよ!?」


「これもそうなんだけどさあ……まあいいや」


 陳腐だと言われたらそうかもしれない。

 ロープの先に爪を繋げただけの、素人でもギリギリ作れそうな武器である。

 だが、シンプルだからこそ性能は平均的だ。長所も短所もなく、どんな環境にも対応できる武器である。

 扱う者のスキル次第で必殺にも化ける武器は、トナカイである彼にとっては手に馴染む。


 たとえ男たちが持つ武器が同じプレゼンツだとしても、負ける気はまったく起きない。


 パシュッッ、という炭酸飲料の蓋を捻ったような音と共に、男が持つナイフの刃がジオの顔面に飛んできた。

 すかさず、首を横にずらして避ける。刃は後ろの壁に突き刺さり、ぐわわん、と左右に揺れていた。……紐で繋がっているわけでもなかった。なら刃は使い捨てか?

 替えの刃があるのだろう……たとえば長さも重さも違う別種類の刃だったり?


「避けるタイミングをずらすためか?」


 長さや重さが違えば――ここまでくれば射出速度もいじれるだろう。

 毎回、速度が違えば当たる確率も高くなる。毎回違う速度で射出し、タイミングをずらす方法や、同じ速度を繰り返した後に、慣れたところで射出速度を変えることで、攻撃を当てる方法だ……、目で見てその場で避ける者には通用しないだろうが、ジオのように二回目以降は一回目の速度を踏まえて避けるタイプからすれば、天敵と言えた……が。


 タネが分かってさえいれば対応できる。


 初見殺しは、初見さえ堪えれば対応するのは簡単だ。


 ナイフの柄に新しい刃を付ける前に、相手の手首を取って地面に倒す。

 足で肘を押さえ、曲がらない方向へ腕を倒し――ゴギンッ! と。


 野太い悲鳴と骨が折れる音に、少女が顔をさっと背けた。


「クソ!」


 残りの男はロープを使い、首を絞める。

 一瞬、だった。

 意識を失った男が静かに倒れて泡を吹く。そして、頬に傷を持つ男は――、


「分かったよっ、ガキはいらねえ! 翼王族の羽根がありゃあ、ちっとは稼げるんだ――テメエに命を狙われてまで固執するもんじゃねえっ」


 割れた窓ガラスから逃げた男が、柵を乗り越え飛び降りた……、この高さから落ちて生きられるはずがない……と思えば、小型のパラシュートで落下速度を殺す予定らしい。

 無傷、とはいかないが、紐なしバンジージャンプよりはマシだろう。


「逃がすかよ」


 ジオが取り出したのは拳銃だ……、土竜族作のプレゼンツではなく、人間が作った武器である。古臭いモデルだが、これはこれで味がある。

 大味な性能だが、ジオの手に馴染んだこれが最も使いやすい。武器の癖が分かっていれば、外さない。ましてや、のろのろと落下している人間に当てるなんて簡単だ。


「翼王族は、てめえらの金稼ぎの道具じゃねえんだよ」


 響く銃声……。

 そして、住宅街のど真ん中に、真っ赤な死体が落下することになった。




 部屋の主である老人は、意識を失っていたので病院へ運ばせた。

 残った翼王族の少女はジオが近づくと怯えてしまったので、仕方なく少女が安心するだろう人物を呼び寄せた。


「わざわざすいません――社長」


「役立たず」


「仕方ないでしょ、男で大人、しかも目の前で拳銃を取り出したんですよ……、俺に懐かないのは正常でしょ。……逆にこれで俺に縋ってきたら、この子が心配ですよ」


 少女は歳の近い別の少女のお腹に手を回して、ぎゅっとしがみついている……、同じ翼王族だからこそ安心できると思ってジオが呼んだのだが、翼王族である他に、互いに年齢が近いから、というのもあるのだろう……。

 ただ彼女、『デリバリー・エンジェル』兼『願掛け結社サンタクロース』の創設者であり、現在の社長であるネムランドは、ジオよりも年上である。


 見た目は十六歳ほどにしか見えないが……。


 実際はさんじゅ、


「年齢のことはいいから。あのね、翼王族は長寿なの。十代までは人間と同等の成長速度だけど、二十代に入ってからは肉体の成長は急激に止まる……。童顔だと三十、四十代に入っても、見た目は人間で言うところの十代にしか見えないかもね」


「俺、年齢のことなんかなにも言ってないんですけど……」


「そうなの?」


 あっそ、みたいな態度である。


 翼王族のネムランド……、彼女は翼王族にあるべき背中の翼を持っていない。一見すれば、翼王族だと分からないが、完全に翼がなくなったわけではなく、スカートからはらりと落ちてくる羽根がまだある。

 根本から無理やり引き千切られ、二度と生えてこなくなったが、手の平サイズの羽根はまだ生えてくるらしい……すぐに抜け落ちてしまうが。


 少女はその羽根を見たからか、それとも同族である匂いでも感じたのか、ネムランドが同じ翼王族であることが分かったらしい。

 ゆえに、警戒を解いて助けを求めるように縋っているのだ。


 お腹にある少女の頭を、ぽんぽん、と撫でるネムランド……、


 彼女は少女の翼を隠すため、大きな羽織を少女にかける。


「この子はうちで保護してから……人に慣れてから施設に任せるって感じね……異論は?」


「ないです。あってもどうせ聞いてくれないでしょ」


「そうかな? 言ってみてごらんよ、相手にするかもしれないぜ? このネムランド様の行動力を、ジオ歩兵は知っているはずだけど?

 翼王族でありながら勢いで会社を作ったカワイ子ちゃんなんだぜ――」


 勢いで?

 見切り発車だったのか?


「カワイ子ちゃんって、久しぶりに聞いたな……。

 俺ら世代の言葉じゃ――ああ、そうか、社長も世代を言えば俺よりも上、」


「年齢に上も下もないんだよー」


「…………」


 あるだろ、とは言えない雰囲気だった……ので、ここはだんまりである。


「ひとまず一件落着ですか? ……まあ、この子みたいに、翼王族が金稼ぎの道具として使われている状況は、まだまだあるんでしょうけど」


「それをゼロにするのが、アタシたちの目的でしょうが」


 この子を助けてはい終わりではない。

 まだ、各地で悲鳴を上げている少女たちがいるはずだ。


 恐らくだが、この部屋の老人は、逃げている少女を見つけ、匿ったのだろう……、だが、翼王族を商品として扱っている個人店か、もしくは店を持たない快楽目的なのか知らないが――翼王族を狙う男たちに見つかってしまった。

 匿う老人を説得するよりも、力づくで奪った方が早いと考えたのだろう……、手早く金を稼ぎたがる若い男にありがちな発想だ。


 できる男は保護することを目的としている、ということを言葉で信じさせ、継続的に翼王族の発見、確保、そして引き渡しをついでに確約させるのだ。

 そうすれば、自然と翼王族を見つける目が増えていく……、自発的に動き、働くカメラは監視カメラよりも当然、性能が良いのだから。


「その子から、仲間の居場所を聞き出しておいてくださいよ。俺にはできないことですから」

「分かってるよ……そうだ、ジオ配達員」


 また呼び方が変わっている……いつものことだが今回の呼び方にはゾッとした。


 配達員……、そう言えば、配達の途中だった気が――。


「え、もしかして下に置きっぱなしの荷物、今から配達しろと……?」

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