Episode4:打ち込まれた支配の糸

「それじゃあ行ってきます!娘のことをお願いします。何かあったらすぐに僕に連絡くださいね!」


 冬が明け、季節は温かな春へと移り変わる頃、いつもと同じように私、ラーカス・フロイトは少女の父から頼まれる。


「もちろんだ」


「ありがとうございます!ちょっとした事とかでもいいので何かあったらいつでも連絡ください!」


「キミという人間はいつまで経っても心配性が治らないんだな」


「仕方ないじゃないですか!僕のたった一人の娘なんですから!」


「あの少女が見ていないというのに、キミは役を演じるのだな……」


 私は彼の顔を睨みながら言及する。少女は今、寝室のベットで眠りについている。


「何を言ってるんです?私は娘の父なのですから、のは当然ですよ!」


 彼は朗らかな笑顔を私に向けてくる。


「それでは改めて行ってきます。娘によろしくお願いします」


 私は無言で頷きながら彼が扉を閉め切るのを待った。ガチャン、という扉が閉まり切る音が部屋に響く。私は扉の前にしばらく立ち尽くした。


「何が『たった一人の娘』『私は娘の父』だ……。それではまるで、今までのあの子供たちは……」


 強く両手を握りしめながら、小さく本音が零れ落ちる。


 私はずいぶんと前から知っていた。この施設で少女が何をされているかを。それが普通の子供に耐えられるような人体実験でないことも十分理解していた。だが、私は今まで見て見ぬふりを続けていた。それは少女№014のことだけではない。少女№014までの13人の子供たちを私は見殺しにしてきた――――。






 私の罪は無数にある。だが、それらを語る前に私の生い立ちなどを語らなければならない。


 私や少女を含めた赤色の瞳をした種族をイリアル、青色の瞳をした種族をルピナリアと呼ぶらしい。らしいというのも、私も生まれてから今までの人生をで過ごしてきたため、外の世界を知らないのだ。その施設の名をアンカーベル強制収容施設と呼び、施設内に存在する少女№014が住むこの家をオルターランプと呼ぶ。


 私たちイリアルはここアンカーベル強制収容施設でルピナリアの人々に過酷な労働を強いられてきた。時には、ルピナリアの快楽や遊びのために虐げられることもあり、私もそのたった一部分に過ぎなかった。なぜイリアルがここまでの労働を強いられているのかを、私たちの誰も知らない。生まれた時から立場の差が嫌でも理解させられるこの場所で誰も知ろうとしなかった。


 だが、ある事件を境に私の人生は一変する。その事件の頃、私はこの施設に染まり切っていた。どれだけ抗っても状況は変わるどころか悪くなっていくだけなのだと思いながら、友や仲間と呼べる存在を作ることもなく、一人孤独に心を殺して過酷な労働に励んでいた。そんな作業中、誰かの会話が耳に入った。『地下採掘班を取り仕切るイリアルのリーダーが大規模な反乱を計画している』というものだった。最初は耳を疑ったが、日を重ねるにつれて計画は具体性を帯び、遂には決行の一週間前まで迫っていたそうだ。これを聞くと、なぜそこまで計画がバレることなく綿密に進められていたのか疑問にも思うだろう。それは、ルピナリアのイリアルに対する油断からであると思う。それまでというもの、大きな武力を背景にルピナリアは無力のイリアルを虐げてきた。抵抗することもできなかったイリアルはルピナリアの武力の元に言わば集団洗脳の状態に陥っていた。闘争心や向上心、嫉妬心すらも剝ぎ取られたはルピナリアには敵うはずがないというのが、もはや共通認識にまで至っていた。だからこそ、私たちへの監視は随分と前から甘くなっていた。


 決行日が近づくにつれて静かながらに施設内の雰囲気は高まっていた。それは計画に参加しなかった者たちも同様であった。皆が希望を抱き、この施設からの解放を求めていた。


 ただ一人の愚か者を除いては――――。






 決行の二日前。いつもならこの時間、地下の採掘班たちが運んでくる鉱石や燃料となる石炭を分別をしていた。だが、今日の私は違った。持ち場を離れ、壁に雑に打ち込まれ、段と段の間もまばらな不安定な階段をひたすらに登っていった。全ては監守搭に向かい、反乱の計画を監守たちに伝えるために。階段を登る足には一つとして迷いは無い。そんな気持ちだったのも、周りのイリアルと比べて交友関係を築くこともなく、『イリアルはルピナリアには絶対に勝てない』という洗脳に人一倍、脳を犯されていたからだ。どんな希望を目の前に提示されようと、私に見える未来には絶望しかなかった。だから言ってしまおう、その時の私は反乱を起こすイリアルが絶対悪で、ルピナリアが絶対正義と本気で


 そして私は監守搭の重く大きな鉄扉の前に立った。緊張も恐怖も罪悪感も何もない。ただ、監守に事実を伝えに来た同族を裏切りに来ただけだ。私は大きく扉をノックする。


「失礼します。本日、採掘物の分別をしているラーカス・フロイトです。至急報告することがありますので、扉を開けてもよろしいでしょうか」


 慣れない敬語を使いながら問いかける。だが、返答は返ってこない。耳を冷たい鉄扉に近づけると、聞こえてくるのは何人かの監守の微かな談笑の声だった。気づかれていないことを察して、私は力強くドアノブを握り、自分よりも大きいこの鉄の扉を開けた。


 開いた扉の先には、三人の男のルピナリアの監守が丸机を囲って椅子に座っていた。二人が私に背を向けるように座り、残りの一人は扉を開けた私に対して正面を向くように奥側に座っていた。監守たちの位置を確認している内に奥の監守と目が合った。その反応で残りの二人もこちらへと振り返る。


「なんでイリアルの人間がここに居るんだよ?」


 私から見て右側手前の監守が高圧的に迫って来る。


「すみません。外から呼びかけても中から応答がなかったので、やむ負えず入室しました。報告したいことがありま――――」


「そうか――――」


 そう言うと高圧的だった監守は私の溝内を狙って思いっきり拳を突き出した。突然の腹に走る痛みに、私は膝をついてしまった。そこに追い打ちをかけるように何度も何度も蹴りを入れられる。そんなことをされても私の脳に『反撃』の二文字は現れない。それ程までに私は洗脳されていた。理不尽な暴力を許容してしまうまでに――――。


「反抗もできない情けない生き物だぜイリアルってのは!!」


 高笑いを上げながら監守は蹴り続けてくる。


「やめろファラス」


 ファラスとは私のことを蹴る監守のことであろう。テーブルの奥側に座る監守が仲裁の一言を入れる。その声は低いながらに存在感があり、私の背筋をそっと震わせた。


「そのイリアルを蹴るのは、そいつの言う報告を聞いてからにしろ」


「す、すいません――――。おい、お前!さっき言ってた報告が何なのか早く教えろ!」


 崩れ落ちていた私の胸ぐらを持ち上げて監守は回答を迫って来る。


「は……はい。地下採掘班のリーダーたちが仲間を募って――――」


 私は耳に挟んだイリアルの反乱計画を監守たちに赤裸々に語った。私が話終わるまで監守たちは口をはさむことなく静かに話を聞いていた。その雰囲気は何か異様な感じがして正直怖かった。


「これが今回の報告です………」


 私の報告が終わると、机の手前に座っていた二人が口を開いた。


「ハハハハーーハハハハハハハアア!!なんだそれ?イリアルが俺たちに反乱を起こそうとしてるだあ?笑わせるなよ!なあファラス?」


「あーー!そーだぜ!あんな劣等人種が俺たちに反抗なんて夢のまた夢だぜ!!」


 机の前側の二人は腹を抱えながら高らかと笑い合っていた。だが、そんな浮かれた男二人とは裏腹に奥の低い声の男は無言で私の目を覗き込んできた。その目には光は無く、奥に進めば進むほど暗闇はひたすらに深くなっていく。まるで、自分の考えが手に取るように理解されているかのようで背筋が凍るような視線であった。


「お前はそれを報告するためだけにここにきたのか?」


 浮ついた雰囲気を切り裂くように、その男の声が静かに部屋の中を駆け巡る。私は動揺しながらも答えた。


「はい…その通りです!この事実はルピナリアの人々への反逆行為!決して許されることでは無いと思い報告をしに来ました!」


「その行為に罪悪感は無いのか?」


「ざ…いあく……かん?」


「お前は本当にイリアルの人間か?その行為は仲間を裏切り、自分だけが助かろうとするような、イリアルが俺たちを憎んでいるような行為よりもクズなものなんじゃないか?」


 確かにこの男の発言は的を得ていた。だが、その時の私は何度も言うように、そんな考えを持てるような心理状態では無かった。


「まあいい。テリタル、お前はこの報告を他の者に伝えに行け。俺とファラスは反乱軍どもの拘束の準備を整えておく。それでいいんだな?イリアルのゴミ野郎」


 私は小さく頷いた――――――――。

 




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