第五話 カナディアル

 ヘルメスとの衝突の後、明らかに不愉快そうな表情をしながら、集団の先頭を歩いてゆくブリザガ。

 周囲には鬱蒼とした森が広がり、陽の光もあまり差し込まない、とても薄暗く、湿気が不快な気分にさせる場所だった。

 そんな薄暗い樹海の中を、ブリザガは生暖かい風が吹く方向に向かい、歩いてゆく。


…キュゥゥゥ ピッ ビッ

 周囲を護衛するL-MT達は、センサーをEPNV暗視スコープ(Elementary Particle Night Vision)に切り替え、ブラスターを構えながらその後をついて行く。


チッ、めんどくせぇ…

 そんな異様に警戒するL-MT達を横目で見ながらカノンを肩に担ぎ、無防備に慣れた様子で、風が吹く方へ歩いてゆくブリザガ。

 しばらく進むと、森の薄闇の奥に、小高い崖のような黒い壁が現れ、それは近付くにつれて、背丈をはるかに超える程の高い塀が、左右に広がっているのが見えてきた。

 ブリザガはある程度、塀に近付くと立ち止まり、ヘルメスを呼び、塀のある部分を指差した。


 視界のスコープを拡大し、その指し示した先を見ると、塀とは違う入り口らしき扉があり、その前には武器を携えた、斑模様の皮膚をした体格の良い種族が、扉の前で立っている。


「あそこが、カナディアルの入り口だ」

「あの門番に話をして、怪しまれなければ入れるぜ」


「話をつけてくるから、ここで待ってろ」

 そう言うと、ブリザガは不敵な笑みを浮かべて、門番の所へと歩いていった。


 ブリザガは気さくに挨拶をしながら門の前に辿り着くと、門番の肩に腕を回し、親しく会話をしている様子で、時折、笑い声も聞こえて来た。

 しばらくの間、門番と談笑をしたブリザガは、話し終えたのかヘルメス達の方に顔を向ける。


「話が付いたみてーだ」

「来いってよ」

 ブリットはヘルメスに声を掛けながら、門の方へと歩いてい行く。

 その後を、キャパ達が追い掛け、ヘルメスはL-MT達に警戒解除をさせると、その後に付いて行った。


 すると、ブリザガと談笑をしている門番が、森の暗がりから異様な見姿をした種族達が近付くのを見つけると、声を上げながら、武器を向ける。

「おいおい!」

「大丈夫だ、連れ達だ」

 森の暗がりから、L-MT達が姿を現し、その見慣れない見姿と数に、斑模様の門番が動揺を始める。


「なぁ。珍しいだろ」

 ブリザガはそう言うと、ヘルメスに手招きをした。

 それを見たヘルメスは、体に森の光を鈍く反射させながら近付き、ブリザガの前に辿り着く。


「入れるぜ」

 口角を少し上げながら話し出すブリザガ。


「だがな、ちょっと条件がある」

「お前らは、この辺りじゃ知られていない」

「このカナディアルじゃあ、そんな奴は街には入れないんだよ」

 ヘルメスは静かに話を聞いている。


「だから、俺が話をつけてやったんだよ」

 そう言いながら、右手をヘルメスの方に出した。


「わかるよな」

「あの門番を何かで買収したってことね」


「あぁそうだよ」

 ブリザガの顔が、更に不敵な笑みを浮かべる。

「その金を俺が払った。その金を返してもらわねーとな」


「つまり、何かを金に変えろってことね」


「物分かりがいいじゃねーか」

 ブリザガがそう言うと、L-MT達を見渡し、


「お前たちが持っている武器を全部差し出せ」

「ここに入るのには、大金が必要なんだよ!」


 ヘルメスが少し考え、

「わかったわ。私たちの武器を全部あなたに、あげるわよ」


 ブリザガがニヤつく。


「でも」

 ヘルメスが少し顔を傾け、ブリザガを見た。

「あなた達だけじゃ、私たちの武器を全部、持って歩けないわよね」


 一瞬にして、顔が引きつるブリザガ。


「武器を売るまでの間は、私たちが自分の武器を運んであげるわよ」

「そう。それが良いわね、そうしましょう」


 明らかに不愉快そうな表情で、ヘルメスを睨むブリザガ。

「あぁ! 分かったよ!」

「ランナーの売買所に着くまでは持ってろ!」

「それまでの間、無くすんじゃねーぞ!」

 ブリザガは、表情をイラつかせながら、ヘルメスを指差す。


「それとな!」

 目つきが変わるブリザガ。


「お前たち全員は入れねぇ」

 鋭い眼光でヘルメスを睨みながら言葉を続ける。


「お前と数名だけだ、入れるのは」

「あとはここで待ってろ!」


「…そうね。こんな見た事も無い見姿をした私達が、大勢で歩いていたら、目立ちますものね」

 そう言うと、ヘルメスはL-MTアルファチームの三体を連れていく事にし、それ以外の3チームは残すことにした。


「じゃあいいか」

 ブリザガはブリットたちの肩を叩きながら、カナディアルの中に入っていった。


 門を抜けると、門の外と同様に、鬱蒼とした森が広がり、一目では街がここにあるとは思えない景色が広がっていた。


 そんな、不可思議な様子で周囲を見渡すヘルメスに、ブリザガが声を掛けた。


「良く見てみな。木々の間とか、太い根っこの奥とか」


 EPNV暗視スコープ(Elementary Particle Night Vision)で、詳細に見つめるヘルメス。

 すると、確かに木々をカモフラージュに、物陰に生き物らしき何かと、構造物の様な物が見えてきた。


「隠れているの?」

「あぁ、そうだよ」

「ここも闇市場みたいなもんで、あいつらに見つからないようにしているんだよ」

「あいつら?」



「あんたが探している奴さ」

「…A333の事?」


「さぁな。俺達は…

 ブリザガの表情に怒りが満ち始め、


「光の悪魔… って呼んでるぜ」

 遠くを見つめながら、複雑な感情が入り混じった声色で、その言葉を発した。



 ヘルメスは、船内で読み取ったブリザガの記憶から、光を纏う恐怖の対象を思い出し、ブリザガの顔を見た。


解放…


 それは、同情なのか、やるべき事なのか、ヘルメスの心が揺らいだ。


 それから二人の会話はなくなり、少し距離を置きながら、黙々と薄暗い森の中を進んでゆく。

 しばらく森の中を進むと、周囲の様子が変化し始め、木々が倒れ、物陰の構造物も荒廃し、あまり居心地の良いとは言えない領域に入っていた。


 ヘルメスは、周囲の変化を感じると、アレンの位置を教えようとフローティングパネルをブリザガに見せるが、ブリザガは軽く手を振り、それをしまわせた。


「あぁ分かっているよ、場所は」

「連れていってやるから、大人しくしてろよ」 

 そう言うとブリザガは、周囲にいるL-MTたちを睨んだ。


「随分と荒れた街のようね」

 ヘルメスが周囲を気にしながらブリザガに声をかけた。


「まあな」

「カナディアルの中じゃ、かなり荒れた方だな」

「…そんな所にいる種族は、どんな種族なの」


「まぁ、あまり良いやつはいねえな」

「どちらかって言うと、盗人みたいな悪人ばかりだな」

「でも、カナディアルの中にも、発展している所はあるのでしょう」

「そりゃそうだ」

「俺たちが向かう所とは反対側」

「海岸地帯には、この地域を治めるカナル族が多く住んでいる」

「まあ奴らは、こちら側にはあまり関係してこないがな」


 確かに、このような街の状況を見ると、カナディアルの中でも治外法権を許された特区のような扱いになっているのであろうと、ヘルメスは納得した。


「それで、このカナディアルのような街は、他にどのくらいあるの」


 ブリザガが静かにヘルメスの目を見る。 


「知らねえなぁ」

「こんな雑多な種族が集まる街なんて滅多にねぇ」

「俺たちは、常に争いをしているからな」

「そんな奴らが仲良くできる場所なんて、ある訳ねぇ」


「…ただ

 ブリザガが、何かを思い出したかのように、少し顔を上げ、話を続けた。


「北限に、カナル族と同じような知性の高い種族が統治している街があるらしい」

「俺も行ったことはねえがな」

「そこは、かなり寒い地域らしいが、争いとは無縁で、あらゆる種族が、黄金色に輝く白い種族に、統治されているんだとよ」


 それを聞いたヘルメスは、武装せず、さまざまな種族が統治されている状況に、


…もしかしたら、意思を統一する何かしらが存在するのでは。


と考えると、A333の手がかりがつかめるかもしれないと感じ、グレアリング・アイの奥を光らせながら、ブリザガの目を見た。


「ブリザガ」


「アレンを取り戻したら、その街に連れて行って」


「はぁ!」

「その何とかアレンってやつを取り戻したら終わりじゃねーのかよ」


「終わりじゃないわよ」

「あなたを解放するまでは」


はぁ…

何言ってんだこいつ。

開放って、俺を逃す気は、全然ねーってことだろう。


「知るか!」

「場所を教えてやるから、勝手に行け!」



 そんな話をしていると、荒廃した森が開け、広場のような空間に辿り着いた。

 ブリザガは、ヘルメスの話を無視すると、カノンを肩に担ぎながら、広場の奥にある暗がりに向かって歩いて行く。

 すると、森の暗がりから、今までには無かった騒がしい喧噪が聞こえて来た。


「あぁ、着いたぜ」

「目的の場所に」


 そこには、巨樹の間に、今までには無かった、複雑な装飾が施された巨大な建造物が建ち、巨樹に枝葉から漏れる木洩れ日が荘厳な印象を与える、異様な建物だった。

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