第7話:邂逅 1

 こう見えて私、園崎千春はミステリー小説が好きだ。日本人作家の物も海外の作品もいとわず読んだりする。里香たちに言ったら何かにかぶれたのだろうと思われかねないし、ママに言ったらどーせ、「そんな危ない本読んで!」なんて言われるのがオチだ。


 ママも里香も、ポアロのカッコよさは分からないだろうし、読者への挑戦状に夢中にはならない。ジャニーズのカッコよさに見惚れ、海外商品を売っているテレビショッピングに夢中だ。


 とはいえ私もどんなジャンルの小説も読むような活字中毒者ではない。昔翔子がおススメしていた流行の恋愛小説はあまりにキラキラしていて読めなかった。向こうが100%ジュースだとしたら、うちは果汁1%未満。似たような味はしているが、薄っぺらいし、そもそもが人工甘味料でできたニセモノ。その事実に耐えられなくて、読むのをやめてしまった。だが、これもある意味嫉妬なのかもしれない、なんてことをふと思う、だって







「小説の中では誰もが主人公、だもんなー。」


「何だよ突然。」



 静かな文芸部の部室に、私たちの声が響く。私の声に呼応するかの如く、遠くから部活中の野球部の「イエス、オー」という声がガラス越しにくぐもって響く。



「いやー、うらやましいなぁ、って思って。だってあいつらって生活垂れ流してるだけで主人公なんだよ、生きてるだけで丸儲け。」



 そんな私の言葉に、彼は呆れたように一つため息をついた。



「アイツらは頑張ってるからいいの。お前みたいに主人公になったところでその立場にふんぞり返らないから主人公やれてるの。」


「じゃあバツ也もなれないじゃん。」


「俺は元々主人公なんて柄じゃないからいいの。」


 そんなことを言いながら彼はバッグに数学の課題を入れる。


「それ、補修用の課題でしょ?」


「……」


 聞こえてないふりをして無言で鞄からブックカバーのついた本を取り出す。


「数学苦手なんだ。」


「別に、好きじゃないだけ。」


「男の言い訳は見苦しいぞー。」


 その言葉には何も返さず、バツ也は沈黙を貫く。


「何読んでるの?」


「別に?小説」



 その文芸少年ぶった反応はなんだか私は小説を知らない女だと小ばかにされてるようで少しイラっとし、私は彼の持っている文庫本を机越しに取り上げる。



「へえ、クイーンねぇ。」



 私はさっきの思考との不思議な一致に少しうれしくなってしまう。ニヤつく口元を手で隠していたら、それを私が笑っていると勘違いしたのか、言い訳のようなことを口にし始めた。


「はいはい、どーせ俺は海外ミステリーかぶれですよ。」


 そんなとこまで被るのかと思うと喜ぶとともに笑えてくる。


「いやいや、私達つくづく一緒だなぁと思って。」


「お前と俺がか?冗談じゃない、住む世界が違う。」


 はっ、と鼻で笑うように彼は短く言う。


「はは、バツ也は見る目がないなぁ。」


 訳が分からないと言いたげな表情をしつつも声には出さず、彼はいつの間にか私から取り返していた文庫本を開く。



「ていうかお前、今日は何しに来たんだよ。」


「あー、そうだったそうだった。今日は図書館の話の続きをしに来たんだった。


「わざとらしい…。」


「あのときは突然逃げ出しちゃうんだからびっくりしたよ。」


「あんなこと言われてビビんねぇ奴の方がおかしいんだよ。第一、俺はもう文章書くのはやめたの。」


「でも、他の人には話されたくなかったからここに呼んだんでしょ?」


「………」


「ほーら、やっぱり中学の頃のままじゃん。」



 以前として無言を貫くバツ也、言い負かされているようで、決して手綱は渡そうとはしない。考えすぎるが故に沈黙している人は多いが、それは決してバツが悪いわけではない。彼にバツ也と名付けた人はよほどセンスがないのだろう。

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