『ノーミィ商店』の魔細工はドラゴンが踏んでも壊れません!【カドカワBOOKS中編コンテスト受賞作】

くすだま琴

【コンテスト版】

はじまりはじまり

第1話 はじまりはじまり 1


「――――ノーミィ…………今まで黙っていたが、おまえは本当はドワーフではないだよ…………」


「えええええ?! なんて?!」


 布団の中でぐったりと目を閉じ、もう今にも死の館に召されてしまいそうな父が、ここに至って大変なことをぶちかました。


「わたし、父ちゃんの子じゃなかっただか?!」


「いや、父ちゃんの子だ…………だからハーフドワーフちゅーことになるだな…………」


「――――――ハーフドワーフ………………」


 ノーミィは父の手を握りながら、呆然とつぶやいた。

 なんとなくみんなと違うなとは思っていたのだ。

 地下に住む他のドワーフたちの髪は、赤茶や焦げ茶色など多少の違いはあるが、とにかく茶色だ。

 そんな中、ノーミィの髪は金色だった。

 お宝だと思われて狙われるからって、家の外ではずっと帽子を被っているように言われていた。

 村では醜い子と言われ誰もろくに口をきいてくれなかったが、まさか種族が違うとは。


「か、母ちゃんは?! 母ちゃんは何だっただ?!」


「わからんだ…………聞いたことなかっただ…………父ちゃん、母ちゃんがなんでもよかっただ…………でも、かわいかったから、ノーム様だったんじゃないかと思うだよ…………」


「こんな時にノロケだか?!」


 ノーミィが小さいころに亡くなった母。

 かすかに記憶に残る姿は、金髪で細くてたしかにかわいかった。

 でも、間違いなくノームではない。ノームは生き物ではなく妖精だ。


「……これでもう、思い残すことはないだ…………ああ、母ちゃんが迎えに来ただ…………」


「と、父ちゃん、気をしっかり持つだ! もう少しがんばればよくなるだよ!」


「じゃあな、ノーミィ。幸せにな…………」


「父ちゃん?! 父ちゃん!!!! ――――――――うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」


 父は死の館に召された。

 地上の森に魔石を採りに行った帰りに、大猪に襲われ噛まれたのだ。逃げのびて家に帰ってきたものの高熱が下がらず、こんなことになってしまった。

 ノーミィはしっかりとドワーフ帽をかぶり、村長のところに行って泣きながら報告した。すると、嫌そうな顔をされたがお墓は村の共同墓地を使っていいと言われた。


「おまえの父さんは代々この村に住む者だったからいいが、醜いおまえはここにはいらない。明日の朝までに家を出る準備をしておくだよ」


「……え……家を、出る…………? じゃ、わたしはどうなるだ…………?」


「そんなもの村から出ていってもらうに決まってるだ」


「そ、そんな…………」


 石掘りはできるし魔石磨きの仕事もできる。細工だって作れるからこのまま置いてほしいと言いたいのに。

 口は震えるばかりで、とっさに返すことなどできなかった。


「で、できる……だ……。この、まま、ここに…………」


「うるさい! おまえの住むところはないだ! さっさと戻って荷物をまとめるだ! ――――おい、おまえたち! これをつまみ出すだよ!」


 外に投げ捨てられて、ノーミィは泣きながらまた家に戻った。

 まずは父を手押し車に乗せて墓地まで連れていき、空いていた石のお墓の中に寝かせた。

 村の中では一番非力だが、このくらいはできるのだ。

 石の蓋を置き、その上に父の名前を彫っていく。

 にコンコンと槌を打ちつけながら、父と母のことを思った。


「…………父ちゃん、わたし、村の外に出ないとならないみたいだ…………。もうここには来れないかもしれないけど、死の館で母ちゃんと仲良くするだよ」


 慌ただしい別れを済ませた。

 母の墓は地上の森の中にある。行くのは難しいかもしれない。


 帰りにもう一度、村に置いてもらえるようお願いしようと村長の家の前まで行くと、ノーミィは自分の名前を聞いたような気がした。


「――――これでやっとあの厄介者を追い出せるだ。家も一件空くし、いいことばかりだ!」


「オイラたちの住むところができるだか?!」


「そうだ。かわいい息子夫婦に家をやるだよ!」


「あそこは代々あの家のものじゃなかっただか?」


「ドワーフじゃない者はこの村に住ませられないに決まってるだ」


「そうだそうだ」


「でも、恨まれたら何されるかわからんだよ。どこの血が混ざってるのかわからないだし」


「朝になって地上に出せばドワーフなら陽の光で死ぬださ。もし生き残っても父親と同じ大猪に襲われるしかない。どっちにしろ生きちゃいられないだよ」


「そりゃ、ちがいねぇだな!」


 ――――ワハハハハハ…………。

 村の者たちの笑い声が聞こえた。


『じゃあな、ノーミィ。幸せにな…………』


 父の最期の言葉が耳によみがえる。

 心臓がぎゅーっと痛くなった。

 胸を押さえて、家まで走った。

 涙は出なかった。


 早くここを出なくてはならない。

 村から出るのは怖いが、死にたくもない。

 ノーミィは急いで荷物をまとめはじめた。


 魔石掘りの時に使っていた、母の形見の肩掛けカバン。これは血族で受け継がれるらしく、ノーミィしか使うことができなかった。その中に、持って行くものをどんどん入れていく。

 仕事道具、残っていた魔石、自分で作った細工品、素材、服、父と母の形見、家にある食べ物、代々受け継がれてきたチェストや家財道具、金床と炉、貯めこまれていた金銀財宝――――。

 片っぱしからカバンに入れ、あっという間に家の中は空っぽになった。


 今は夕刻。

 夜になったら、掘り仕事や狩り仕事の者たちは地上の森へ出て行き、荷運びの者たちは荷馬車を走らせる。


 ノーミィは村の一角に準備されていた荷車の幌の中へ忍び込んだ。その中の荷に掛けてあったシートの下に潜り込む。

 ドワーフの作る武器や道具や加工した石などは他種族に大人気だ。

 だから、他の国と取り引きするための荷車があちこちに停まっているのだ。

 人の国、獣人の国、魔人の国。――――エルフの国とは取り引きしていない。

 この荷馬車がどこへ行くのかはわからないが、陽の光や森の魔獣に殺されるよりはきっといいだろう。


 もし母の生まれた国なら、自分と似たような者たちが暮らしているかもしれない。

 そこでなら、もう醜いと言われないかもしれない。


 ノーミィが息を潜めて待っていると、周りが騒がしくなりナイトホースのいななきが聞こえた。

 そして荷馬車は動き出した。





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