【美味しいか審議 01】

「おお、異世界人よ! お主が来るのを待っていたぞ!」

 気がつけば江羽恋唯(エハネコイ)は、見知らぬお城の中にいた。

 映画やアニメで見るような、石造りの重厚な壁に高い天井。

 恋唯が座り込んでいるのは広間なのか、太陽の模様を用いた円陣のようなものが床に描かれている。ぺたりとくっついている膝やお尻が冷たくて、恋唯は動揺しながら立ち上がった。

 手のひらにパンくずがついている。丁度クロワッサンを食べ終えたところだったからだ。

「……ええと、これ、は……?」

 恋唯は25歳の会社員だ。パン工場に隣接された小さな事務所で働いている。

 白いブラウスの上に会社のロゴマーク入りの青いジャケットを着ており、下は黒のストレートパンツ。肩より少し長い髪を後ろで結び、顔には控えめな化粧をしている。

 地味であまり印象に残らない女。それが初めて出会った人の多くが、江羽恋唯に対して抱く印象だった。

「……ん? 今度の異世界人は、ずいぶんと地味だな……」

 髭を生やし赤いマントを身につけ、頭の上には光り輝く王冠。

 一目で王様だと分かる中年男性が、恋唯の姿をじろじろと見回して、不躾なことを言う。

「おまけに、あまり若くない」

「はあ、すみません」

 展開についていけないので、恋唯は生返事をした。

「まあ良い。大事なのはスキルだからな! 神官よ、鑑定を頼む」

「お任せ下さい、王よ」

 王様の周囲には沢山の鎧を着た兵士や、裾の長いゆったりした服を着た人たちが立っていたが、そう言われて前へ出たのは、黒くて裾の長い服に銀色のラインが入った二人組だった。

 目線を上げて驚いたのは、二人が全く同じ顔をしていたからだ。

 斜めにカットされた黒髪、左右で色の違う目。見た目がまるで鏡合わせのようになっている。

 パッと見ただけでは性別が判らないのは、体の線が出ない服のせいもあるだろう。

 二人とも自分と同い年くらいだろうかと恋唯は思ったが、外国の人の年齢は見た目だけではよく分からない。


 そもそも外国、なのだろうか。ここは?


「失礼致します、異世界の方。貴方の付与スキルを鑑定させて頂きます」

 女性の声だ、と恋唯は思った。

 そっくりな神官の一人が恋唯に手のひらをかざすと、おでこの辺りがチリっと痛くなる。

 恋唯が痛みに思わず目を閉じると、彼女は片眉を上げた。

「……付与スキル、『無し』ですね」

「『無し』か?」

「ええ、そうです。珍しいことですが、この方は何のスキルも与えられていないようです」

「お主、エダに嫌われたか?」

 王様が面白がっている。エダって何のことだろうと恋唯は思った。

「王よ、残念ですが……」

 神官二人はもう恋唯の方を見向きもせずに、王に対して跪いた。

「今回召喚された異世界人は、付与スキル無しのハズレ中のハズレです」

「ふむ、つまらん」

 王様が退屈そうに嘆くと、今度は年老いた神官が前に出てくる。

 こちらは黒い服に金色のラインが入っている。色によって身分の違いがあるのだろうか。

「ご期待に添えず、大変申し訳ありません。しかしまだ召喚陣は生きておりますゆえ、次こそは必ず強力な付与スキルの異世界人を……」

「まあ良い。このハズレ女を連れて行け」

「仰せのままに」

 それを合図にして、恋唯の周りを兵士たちが取り囲む。

 恋唯は真っ黒な瞳に焼き付けるように、王と神官、そして兵士たちの顔を順番に見つめた。


 江羽恋唯(エハネコイ)、女、25歳。

 突然召喚された先で、ハズレ認定されました。

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