第8話

「でね、わたし……ここに今度は行きたいかなあ、って」


 俺は優奈のことを考えていた。あいつは昔からいつも俺のことを自分よりも優先するんだ。


「ね、ね……聞いてます? ちょっと裕二!」

「あ、ごめんごめん」


 目の前の唯が悲しそうな表情をした。まずい俺がいなければ、進に行ってしまう。唯はひとりで生きられない、弱い娘なんだ。


「どうした?」

「だからね、わたしデートしたいかなぁって」


 唯は頬を赤らめて、こちらを見てくる。瞳が揺れていた。俺が浮かない顔をしていたから、不安になっていた。


「どこ、行こうか」

 俺は嬉しそうなふりをした。


「初デートは選んで欲しいなあ」

 唯は頬に手を当ててじっと俺を見つめてくる。


「どこでも行くよ。この前のホテルでも……」


 顔を赤らめて話す。目は真剣そのものだった。ホテルの言葉で強烈に残った唯の裸体を想像して、下腹部が反応してしまう。人間というのはどうしてこうも愚かなんだろうか。


「ホテルはいいよ。そう言うのはもうちょっとお互い知ってからでいいから」


 ホテルには行きたいが、気持ちがどっちつかずの今、出来れば避けたかった。どこ行こうかな。そう言えば、優奈の誕生日が近かったのを思い出した。


「ショッピングとかどうかな?」

「男の子がショッピングと言うとは思いませんでした。もしかしてプレゼントですか」

「うん、ついでに幼馴染の誕生日プレゼントも買っとこうか、と思って」


 唯の瞳が一瞬不安そうに揺れて、すぐに消えた。目の前の手をキツく握るのが見えた。


「わたし、よく行くお店ありますから、行きましょうよ」


 唯は俺の手を握りじっと見た。笑顔で、こちらに瞳を近づけてくる。


「勇気出して良かった。カラオケ、裕二くんがいると聞いて、もう行くしかと思ったんですよ。あの後LINEくれないからもうダメかと思ってました」


 俺はそのLINEに入っていなかったから返事がなくて当たり前だ。もし入っていたらどうなっただろう。もしかしたら自然に好きになれたかもしれないな。


「そうだ! ケーキ頼みませんか」

 唯はデザートメニューを取った。


「食べたいなら、頼むけど」

 俺はウェイトレスを呼んだ。唯はデザートメニューからイチゴのショートケーキを選んだ

 

 少し待ってウエイトレスが皿にショートケーキを入れて持ってきた。目の前の唯は一口ショートケーキを食べた。


「おいしい」

 嬉しそうに顔を綻ばせる。


「ねっ、食べて……」


 口をつけたスプーンにショートケーキを乗せて、俺に運んできた。これがやりたかったんだ。これは拒否できないよな。


「美味しい」


 無茶苦茶恥ずかしかった。周りの視線が痛い。俺は優奈のことを考えながら、唯とイチャイチャしてるのだ。


「嬉しいよ」


 目の前の唯にニッコリと微笑んだ。好きかは分からない。でも、唯を進にも大和にも渡したくはなかった。いつの間にか優奈と唯どちらか一人を選べなくなっている自分がいた。


「良かったぁ。勇気出したんだよ」


 泣きそうな表情で唯はこちらを見てくる。


 結局、お互い帰る道が逆なので、ファミレス前で、また明日と言って別れた。進のことは心配だったけれど、送っていくと言ったら、まだ明るいから大丈夫と断られた。


 帰り道、歩きながら今後のことを考えていた。唯と付き合って良いのだろうか。


 家の前まで来ると、幼馴染の優奈が植木に水を撒いていた。


「ただいま」


 俺が声をかけると優奈が水を止めてこっちを向いた。


「おかえり、その顔ならうまくいったみたいね。裕二もわたしに感謝しなさいよ」


 ニッコリと微笑んだ。作り笑いの悲しそうな表情だった。


「これで良いのかよ」

「良いも悪いもないよ」

「どう言うことだよ」

「裕二は唯ちゃんが好きで、唯ちゃんは自分の全てをあげたいくらい裕二が好き。相思相愛のカップルが一組誕生したの」


 優奈はもう一度、水をだして水撒きを再開した。


「お前はそれで良いのか」

「わたしがそれで良いとか決める権利はないよ。ふたりはお似合いのカップルなんだからさ。そりゃさ、わたしも順番違うかな、とは思うよ。裸を見るのは、仲良くなってからの方がよかったかなあって」


 優奈は空を見上げていた。沈みつつある太陽に照らされて、空が綺麗なオレンジ色に染まっていた。目の前の優奈もオレンジに染まり、表情は見えにくかった。


「いや、だからそうじゃなくてお前はそれで良いのかよ」

「そりゃそうよ。大切な親友が幼馴染とカップルになったんだから、これは喜ぶべきことだよ」

「でもさ、お前俺のこと好きじゃん。なのになんで……」

「なぜ、そう思った。涙見せたから……」


 目の前の優奈が視線を外し、節目がちに地面に目を落とした。


「なんとなく、ずっとお互い気になる仲だと思ってた」

「自惚れちゃダメ、わたしは裕二のこと好きでもなんでもないからさ。ちゃんと唯ちゃん守ってあげて」


 潤んだ瞳は涙が決壊寸前になっていた。慌ててハンカチで目を拭う。

 優奈はちょっと視線をあげてハッと何かに気づいた表情をした。


「そういや、今日ちゃんと唯のこと送り届けたよね」

「いや、まだ明るかったから」

「ダメじゃない。進が何するかわかんないよ。どうせちゃんと別れてないはずだし」

「でもさ、もうちょっとお前と話したくて」

 優奈は首をゆっくりと振った。


「まず唯に連絡、そして唯の家に行ってくること。ちゃんと戻ったか確認してきなさい」

「でもさ、もうちょっとお前と話が……」

「馬鹿、早く行きなさい。唯を進から守るんでしょ。まだ終わってないわよ」


 俺は優奈に促され、唯の家の方に足を向けた。結局、優奈とまともに話せなかった。


 ただ、完全に別れていないならば唯のことも心配だった。俺はLINE電話で連絡した。呼び出し音は鳴るが通話が途中で切られた。何かあったのだろうか。不安になった俺は、唯の家に急いだ。


――――


唯ちゃんどうしたのでしょうか。


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