第3話

「唯ちゃん、ちょっといいかな」

 進が唯に声をかけた。視線を唯の目の高さに合わせてじっと見る。唯の方が慌てて視線を逸らす。進が話しかけてきたのに驚いた表情をして、俺の方に視線を向けた。事の次第を見守っていた俺の視線とぶつかって、俺は慌てて目を逸らしてしまう。


「……えと、なんですか」

 長い沈黙の末、唯の声がした。あの沈黙の時間、何を考えていたのだろうか。


「放課後、話があるんだけども、屋上に来てくれるかな」

 唯の動揺はチラッと見ただけでも分かる位になっていた。俺を含めクラスの男子たちが気づかないふりをしながらも、この光景を固唾かたず を飲んで見守っていた。一部の彼の悪い噂を知る者は、不安そうに視線を送っている。


 当事者である唯は、所在なさげにキョロキョロとあたりを見渡した後、しばらく経って一言だけ……。


「はい」

 と返事をした。


 俺は進を尊敬した。俺が全くできないことをこんな短時間でやってしまう。しかも、屋上と言えば流石に唯でも分からないはずがない。ここで断らないと言うことは脈があると言うことだ。唯もイケメンが好きなのだろうか。あの顔に視線を合わせて言われたら、嫌がる女の子は少ないとは思うけれども。


 進の悪い噂は気にならないわけではなかった。割と取っ替え引っ替え女を口説いてはエ○チをして早いうちに別れてしまうと聞いたことがある。もしそれが本当であれば、唯を不憫 ふびんに感じた。とは言うものの高校にもなれば、告白を受けるのであれば、そのリスクも考えるべきだ。その判断が誤りであったとしても、今後の唯の人生経験においてはプラスに働くはずだ。


 俺は陰ながら進の勇気ある行動を応援しようと思った。


―――――


「いらっしゃいませ」

 放課後のファミレスに俺はいた。別にひとりで入ったわけではない。俺の目の前には学生服姿の唯がいた。俺は唯に何か食べるか聞き、飲み物だけで良いという答えをもらっていた。俺もお腹が空いてはいなかったので、店員さんにドリンクバーを二つと注文した。


「唯ちゃんは何を飲む?」

 セルフサービスのため、直接取ってくる必要がある。


「わたしはアイスコーヒーで砂糖、ミルクはなしでいいよ」


 俺はドリンクバーコーナーでアイスコーヒー二つを入れた。2本のストローを取って席に戻る。コーヒーを飲みながら、視線を唯に向けた。唯もコーヒーを飲みながら、視線を向けてくる。視線が合わさり、俺はドキッとしてしまう。やはり可愛い、と再認識した。こんな娘が彼女ならば、毎日が幸せなんだろうな、と思う。それにしても今日なぜ呼ばれたのだろうか。


――――


 放課後、帰宅部の俺は優奈も先に帰ってしまったので帰宅しようと考えていた。歩いて正門を通り過ぎようとしたら、後ろから声がした。声の主は明らかに慌てていた。何があったのかと振り返ると俺を追ってきた唯がいた。


「待って、待ってください!」

 必死の形相で呼び止められた。

 そして、今ふたりでファミレスにいる。張り詰めた空気に訳もわからず逃げ出したくなった。なぜ、呼び止められた。放課後、屋上で告白されていたのではなかったのか。俺の中で告白と目の前の光景がどうしても繋がらなかった。だから、目の前の唯に聞いてみた。


「で、どうしたの?」

 唯はアイスコーヒーを何度かストローでかき混ぜた。悩んでいる表情が見てとれた。俺とアイスコーヒーの間を視線が行ったり来たりを繰り返す。手をぎゅっと握り締めるのが見えた。俺の方を向いて唇を噛み締め、小さな声だが、はっきりとした鈴のような声が響いた。


「進くんに付き合ってくれと言われました」

 かなり迷って、出たのがこの言葉だった。俺に惚気話 のろけばなしをしたかったのだろうか。あの日、裸体を見たと言っても、王様ゲームでの要求に応えてくれた関係でしかない。今だに連絡先すら交換していないのだ。こんな関係の俺よりも気心の知れた優奈に聞いたほうが親身に相談に乗ってくれると思うのだが。俺は杓子定規しゃくしじょうぎ な答えを返すしかなかった。


「へえ、良かったね」

 目の前の唯は、この言葉に明らかに表情を曇らせた。何か気にさわる言葉を言ってしまったのだろうか。正直、何が表情を曇らせたのか分からなかった。


「それで唯ちゃんはどうしたいの?」

 悩んでいるように見えたので、本心を聞いてみた。こうして聞いてやると心の整理ができて、行動に移しやすくなることがある。ただ、目の前の唯は相変わらず、何かに悩んでいるようだった。唇に力を入れて、瞳をこちらに向けてくる。瞳が涙で潤んでいるのが見えた。


「裕二くんはどう思う。わたし付き合った方がいい?」


 唯は俺に判断を委ねてくる。何故、俺の意見を聞いてくるのだろうか。第三者の客観的な立場でも聞きたいのだろうか。そうであれば、俺は客観的な意見を言う相手でもないだろう。俺は進に今日の告白のことを言われた。客観的な意見だけを考えれば、付き合わない方がいいと言いたい。しかし、告白すると言った時のあいつの目、本気だったしな。告白するのも勇気がいることだろう。俺には、そんな勇気もない。その決意を第三者の俺の噂レベルの判断で、無下むげ にするのも忍びないと思う。


「悪い噂もあるけど、良いやつだと思うよ。もちろん唯ちゃんが嫌でなければだけども」

 言うべきことは言った。模範回答を答えたつもりだった。


「それで良いの?」

 何が良いのだろうか。今度の唯の話し方では俺がそれで良いのか聞いているようだった。判断するのは唯で、俺は客観的な意見を求められている、と思っていたのだけれども。

 視線の先に俺の意見に従いたいという表情を見る。今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で俺を見ていた。なぜ、俺にそんな視線を向けているのだろうか。全く分からなかった。ここで俺が止めたら、この話は無くなりそうだった。俺は傍観者ではなくて、当事者なのか。唯の真意がわからないために、答えを出すのに躊躇 とまどいを感じた。しかし、あの時の進の決意を無下にするわけにはいかない。よくわからない唯の向けられた視線よりも俺は確実な進の決意を信じた。


「いいんじゃないかな。彼はイケメンだし、今はフリーみたいだよ」

 目の前の唯は、ため息をついた。俺の答えに落胆しているようにも見える。泣き出しそうな涙は平静を装うのも難しそうだった。


「わかった、裕二がいいなら付き合うね」

 500円硬貨一枚、叩きつけるように机に置くと、慌てて走って出て行った。

 

 俺は先程、唯の言った言葉を幾度となく反芻していた。俺がいいなら付き合う。どう言う意味なんだ。そしてそれは一番可能性の低そうな結論に達した。


「あいつ、もしかして俺のことが……」


 俺は頭を左右に振った。


「そんなわけあるはずないじゃないか」


――――


裕二どうでしたか。こっちがイライラしてしまうくらい疎いですね。

こんなことしてて大丈夫なのでしょうか。

先が思いやられますね。


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